足利尊氏さん。
実はこの人、明治時代の教科書では「超極悪人!」的な扱いで登場します。
「なんでだろう??」
簡単に言うと「朝廷、天皇に逆らって、自分の都合のいい人を天皇にして、将軍になった。追い出された天皇は吉野の山へ追いやられた(南朝)」
…生徒「もっとひどい人物…、例えば、親とか兄弟を殺してしまうよう人物が、世界や日本の歴史上でもっと他にいるじゃないですか!!なんで、尊氏だけ、そんなに嫌われた書き方されたんですか??」
うん、良い質問でし…
…先生「明治時代、日本は誰を中心に国を創ろうとしましたか??」
…生徒「天皇」
だからなんです。明治以降の国作りのために、尊氏さんみたいな人は“悪人”ですよ~、逆にその時の天皇を守った“楠木正成さん”みたいに、忠義を尽くすんですよ~と言う教育がしたかった訳なんですよ。
ここでは、これが悪いと言いたいわけではありません。
「地球は回る」と歌われたのは、天空の城ラピュタ(のエンディング)。
「歴史は変わる」と言ったのは、私、明石のタコ(…と、もっとすごいであろう、歴史学者のみなさん。)
では、過去の出来事が、なぜ時代によって変化するのか?
…考古学なら、発掘したモノによって、歴史が大きく動くことがあります。これは、簡単に理解できますね?
ところが、どうして、政治学が変わるのか?
それは、その場、その時の「史観」というモノが変化していくからです。
先ほどの、足利尊氏の例をもう一度考えてみましょう。
日本では、世の中自体(憲法など)が、1945年を境に大きく変わりました。みなさん、よく知っての通り、第二次世界大戦の後です。
実は、戦後、学校の授業から歴史が一時なくなっていたのですが、だんだん復活します。(これも、米ソの対立の影響あり。詳しくは、後ほど。レッドパージと東京裁判で語ります…)
以後、足利尊氏が極端に悪人として描かれることはなくなりました。
尊氏自身は生まれ変わったわけではないのに、ようは「歴史の見方」が変わったわけですね。
このあたりを考えると、現在の中韓の主張も、明治の時の日本と同じように、自国政府の主張に都合よくなるように書かれた教科書によって成り立っている部分が大きいと思われます。
「史観」というのは万国共通のモノであって欲しいのですが、どうしても「自国中心主義」に陥りやすいのが現状なんですよね。
そのうち語りたいと思いますが、キリスト教やイスラム教などの宗教観が入ってくると、なお一層「史観」はバラバラになっていきます。
