歴史考察とっきぃの 振り返れば未来

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歴史考察とっきぃのブログです。
映画「リボルバー・リリー」主演:綾瀬はるか 時代考証担当
歴史、日本のカルチャー、勉強法、生徒物語などを随時、更新していきます。

こんにちは。

歴史考察とっきぃです。

 

「婚活」の話で出てきた高橋勅徳(みさのり)博士が上梓した

なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか?』(集英社)を読了しました。

自分の好きな事、ワクワクすることを大事にして生きた結果、そこそこの規模の企業で、健全にやっているという、いわゆる「ライフスタイル起業」のお話が出てきます。

日本でも、楽市楽座を広めていけば、経営者よし、お客さんよし、環境よしの日本に取って望ましい方向にいくでしょう。

今の日本は、株主資本主義です。新自由主義の掲げる生き馬の目を抜くような生存競争で人間を捨てる覚悟で望んではじめて社長さんになれるというのが、明治以来、日本が突っ走ってきた路線です。

「成長パラノイア」の影で捨てたものは大きいですね。

 

「ライフスタイル起業」はそうではありません。

歌でも、マウンテンバイクでも、好きを極めてなおかつ柔軟に現実と向かい合って、それで結果としてうまくいっている。

それは将軍のかかげる「天下草創」(てんか・の・そうそう)と流れが合っています。楽市楽座、すなわちチーズ職人がゆっくりと熟成するチーズを見守るように育てる場、適切な環境を与えれば、勝手にチーズ菌が活躍してくれる。職人は見守るだけ。これが楽市楽座の原型です。その上で新しく「座」を設けてかつてのギルド(同業組合)のように厳しく品質を保つ。

こうやって、日本の工業、農業、林業、漁業を楽しく広めていく。

ネジ一本に至るまで、日本製に追随できるものはなし。

これが「楽市楽座」の目指す先です。

これは、幕府の地頭職(ぢとうしき)が率先して行います。

地頭は武士というか、将軍家の御家人が任命されます。地頭の背後には将軍家の軍事力があります。よって、田舎の小さな利権構造など闇の部分(反社など)を含めて一掃します。

 

問注所を設けて、田畑の「名寄せ」を断行します。放棄地や荒田を整理して活用します。地頭のやり方ひとつですが、Z世代の若者たちが興味を示してくれれば、まずまずの成功といえるでしょう。大きな声ではいえないですが、チンチンが勃(た)たなくて、自信のない男子が少なくないそうです。大ごとです。足腰を鍛えて自信を取り戻せば、血の巡りもよくなって下半身も性格も変わるでしょう。

 

役所関係は、知事や議会を補佐する守護職(しゅごしき)が差配します。県警察は守護の支配下に事実上入ります。

役場職員の中でも意欲のある者は積極的に地頭に紹介して地域経済を大きくします。江戸幕府もそうでしたが、とにかく陳情、陳情なんです。それをすくい上げて法を定めるのが江戸時代の基本的な政治スタイルだったのです。

 

幕政のトップは老中です。5人くらいが定員で、侍所所司(防衛)、政所所司(内務)、勝手掛(財務)、外窓掛(外務)の専門分野を持つ4人を纏める老中首座が最高指導者です。専門分野を一応もつものの、基本的に月交代で政務を見ます。今後の日本のあり方、生き方を決める専らの務め(専務=CEO:Chief Exective Officers)を担う重職です。

次席が若年寄(わかどしより)です。基本的に国家の日常運営がうまくいっているかどうか、停滞がないか、利権が生まれていないかをコントロールする人たちです。老中と同じく5人です。血液の流れをあやつる鍼師のような人々です。構成員は、まとめ役の若年寄筆頭、侍所所司代、政所所司代、権勝手掛、権外窓掛です。

常の務めすなわち常務です。COO(Chief Operating Officers)となります。

これら老職は、基本的に現場から上がってきた問題に対します。

自民党みたいな、党があって国民があるじゃないんです。

どうして江戸時代が長く続いたのか、それは政治の基本が間違っていなかったからです。要するにボトムアップが正しいんですね。

 

では、外圧はどうするか、将軍家が見ます。将軍と中奥の御家人たちが担当します。お庭番もそういう位置づけです。プーチン大統領も真っ青になるような、光も闇も呑み込むのが御側御用取次です。

日米合同委員会や、そのバックにいる米第七艦隊は、トランプ大統領によって日本から離れる方向にいっています。吉事です。

また、レールガンをはじめ、日本の最先端兵器は目をみはるものがあります。ヒトマル式(10式)戦車の演習に米国を始め世界は度肝を抜かれました。抑止力は必要です。戦争にいたらない最善の策は戦争の準備をすることです

 

将軍家は天下人(Imperator)です。

国民の幸せへ全責任を負っているのが公方さまなんです。天皇(Mikado)に任命されてはじめて征夷大将軍になれますので、権力の源泉は禁裏(きんり=天皇の御座所)にあるように見えますが、国民の支持があってはじめて政治は回ります。国民あっての天下人なのですね。豊臣政権の晩年をみればわかります。

 

さて、老中を務めたら、執政官(consul)級という肩書がつきます。本人の希望で地頭や守護になることもできます。その時は執政官級の守護、地頭として地域を担います。

 

老職の下には実務を担う奉行たちがいます。

財務は複数の勘定奉行が取り扱うし、都市には町奉行が置かれます。クールジャパンには、文化発信奉行が立ちます。奉行の肩書は陳情によって変わります。奉行を務め上げれば、法務官(praetor)の肩書がつきます。その後、地方回りで地頭をもう一回やるにせよ、法務官級の地頭になります。そうやって現場の風を忘れることなく再び中央の仕事に就くのです。

 

現場と中央の循環、これぞ政治の正道ではないでしょうか。

実例もあります。漢帝国の文景の治です。とにかく民の力を強くして結果として国力を増強する方策です。

 

「たたかう人」の慈しむ心が、世界を救うのです。

こんにちは。

歴史考察とっきぃです。

 

神田明神に参拝しました。平将門公の神札をいただきました。

頼朝公に先立つ関東独立の雄です。誤って公務員を殺傷してしまい、逆賊となってしまい、俵藤太秀郷(たわら・の・とうた・ひでさと)に成敗されました。国家が何もしてくれない、ひたすら院宮王臣家のなすがままだった狂った世界を立て直そうとした情熱だけは忘れてはいけません。東京在住の方なら一度は行ったほうがいいと思います。

 

その後、本郷通りをテクテク歩いて皇居東御苑すなわち江戸城へと向かいました。ここは日本屈指のパワースポットでもあります。

天海大僧正がつくった鉄壁の結界が十重二十重に張られています。

ご多分に漏れず、観光客が大勢いました。白人が多かったです。

中国人と違ってゴミのポイ捨てがないので、きれいでした。

白人のコンダクターが江戸城の説明をしていました。もう驚きの連続です。「天プーラ、ゲイシャ、ハラギーリ」じゃなくて、大奥のシステムとかちゃんと話している。てっきり「サムライはここでハラギリいっぱーいやりましたネ」とか勘ぐっていたのですが、日本の一般書レベルのことを自国の観光客に話していたのですからたいしたものです。ちょっと前までは、ハーバード大日本史科では某女性教授(日本人)がレディ・サムライとか言って北政所を取り上げ、学芸会みたいなことをやっていました。甥の小早川秀秋の幼名を「金吾」と称するなど初歩的な誤ちをやらかして失笑されたものでした。まぁ、女さんですから・・みなさん大目に見ていましたが。ちなみに「金吾」というのは衛門督(えもんのかみ)という役職の唐名(中国式読み方)です。秀秋が「金吾」の役職をもらったから金吾中納言と周囲から言われていたという話です。日本では「裏切り中納言」といえばこの人で、けっこう有名です。

江戸城の外人観光客は本当に知的レベルが高いです。もしかしたら、「徳川の平和」を構築した世界史レベルの政治家、徳川家康を知っているのかもしれません。だとすれば日本人として、まことに喜ばしいことです。田舎者のアメリカ人が他所の国の歴史に興味を示すということはそれだけ珍しいんです。何を見ても「オー、ゴージャース!」で終わる脳筋というのが連中の定番です。

逆に、司馬史観の影響か、タヌキおやじで「泰平の眠り」に日本を落とした悪徳デブ政治家と家康公を捉える団塊の世代が恥ずかしいですね。頼母子講でお金を出し合って、お伊勢参りをするのが江戸時代の女性の夢でした。女同士で集団で行くのです。道中の危険をまったく考慮に入れていないお花畑ぶりですが、それが江戸時代だったんです。

増税メガネが始めた移民政策で、安全ニッポンも相当怪しくなっています。衆議院選挙でイカサマが取り上げられています。選挙に行った行かないにかかわらず、ムサシの集票機で数えるんですから最初から八百長です。インターネットで繋がっていますから、テンキーのゼロを叩けば千票でも万票でも作れます。

民主主義というのは、どうしても限界があります。

さとうさおりさんの時は、奇跡的に職員が違和感に気づいて手作業に切り替えたから都議選に受かったんですね。

 

政治というのは、武士が責任持ってやればいい。「はたらく人」が政治家になるのはだめです。なぜなら麻薬的快楽が待ち受けているからです。「はたらく人」はあくまで本業で勝負すべきです。

本業に専念しさえすれば、縄文人である日本人はその本領を発揮するでしょう。ベーシックインカムが配られたとしても、一時的に休息するにしてもしばらくすると本業に復帰するでしょう。

働くというのは、それ自体がレゾン・デートル(存在意義)なのです。だから福祉一本槍では駄目なのです。

武士は「たたかう人」です。自衛官、警官、消防士はおろか、道路整備、ゴミ回収までこの範疇です。総合インフラを整えるのが「たたかう人」なのです。武士はしくじれば切腹が待っています。外人の大好きな「ハラギーリ」ですね。ですから真面目なのです。こういう真面目な人でないと政治は無理です。政治と軍事のプロが武士なんです。

 

後鳥羽上皇は、歌もできるし格闘術もかじっているちょっとしたマルチタレントでした。周囲もイエスマンしかいないから、いわば学級委員長兼ウラ番長みたいなもんです。それで、当番で護衛していた御家人をからかったんです。ですが、御家人は面目をつぶされ腹を切ってしまいました。「なんで・・、これくらいで・・」と憔悴する後鳥羽ですが、イジメっ子の言い訳とおんなじです。報告を受けた鎌倉方は怒り心頭です。後鳥羽は何にもわかっちゃいなかった。

武士とは何か、プロフェッショナルとはなにかをです

やがて「承久の乱」が勃発、もちろん東軍が圧勝しました。気合が違うんですよ、気合が。心ない言葉で御家人を死に追いやった後鳥羽を東軍の総司令官、北条泰時は決して忘れてはいなかった。「秘書のやった事で、わしゃ知らん」としらを切る後鳥羽を容赦なく島流しにします。今どきの学校長や教育委員会とは格が違います!

 

文武両道何でもできた後鳥羽が味わった初の挫折、心境やいかに。才能もそうですが、努力家だったと思います。幼くして崩御した兄・安徳帝のことも頭によぎったのかもしれません。何とかして権力を取り戻そうと、優秀な頭で考えた後鳥羽の気持ちもわからないではないです。ただ、プロとは何かという本質的なことが見事に理解できなかった・・。

 

そういう武士(フランスでは城主/Châtelain)が現場指導してこそ、地域経済は活性化します。ですから、衣食住の基本的な技術革新は日欧ともに中世に発展します(暗黒中世が?ウソだと思ったら調べてみてね)。

日本を指揮するのは、国際金融資本の走狗と化した内閣総理大臣ではなく、武士の頂点に立つ征夷大将軍でなければなりません。

全国総追捕使、全国総地頭であり、侍所(自衛隊)、政所(内政)、勝手掛(財政)に最終責任を負う将軍、二人称「公方殿」(くぼう・どの)が大統領クラスで日本を統べるのです。

公方の下に老中という行政官が複数いて政治を切り回します。

江戸時代のあの「ご老中」と同じです。彼らがCEOとなります。

次席が若年寄で、COOです。日常業務はチーフオペレーティングですから常の務め(常務)が担当します。チーフエグゼクティブは専らの務め(専務)ですから次を見据えて手を打つのです。

もちろん、最終責任は公方がとります、

公方=征夷大将軍(Caesar源氏長者)は、関白職(Princeps一の人)と同様、天皇(Augustus尊厳者スメラミコト= Pontifikus maximus Japonicus日本国最高神祇官)に補任されます。

天皇は禁裏(京都御所)におわして、国の安全をお祈りしております。内廷に対して外廷が設置され、大臣(おとど)が差配します。

将軍は右大臣(みぎのおとど)・左大将との兼任になります。

ちなみに基本的に将軍の極官は実朝公の右大臣兼左大将です。

鎌倉右大臣

腐敗した内閣総理大臣(増税メガネ・ゲルラーゼ)なんかより、よっぽどすごいと思いませんか、皆の衆! 国民が重税で苦しんでいるのに、ウクライナにまたまた大枚をおくるそうですよ、サナエちゃん・・。

 

最後に、

「いのる人」はいわゆる先生です。医師・教師・坊さん、そして天皇陛下です。「はたらく人」「たたかう人」「いのる人」で日本は回ります。自民党の大好きな外国人投資家とか、ヤバイ移民は必要ない存在です。

こんにちは。

歴史考察とっきぃです。

 

西に行ってきました。秀吉さんに会うためです。

京都の豊国神社(とよくに・じんじゃ)、大阪城の豊國神社(ほうこく・じんじゃ)で神札をいただきました。大阪城の神社では、大和大納言さまも合祀されています。

そして豊国廟です。阿弥陀ヶ峰の中腹に位置します。

ここの階段が半端じゃない。489段あります。途中で急に険しくなるので、帰りが難しい。ジグザグに降りないと前のめりで大怪我をすることになります。拝観料は200円です。ちゃんと払いましょうね。

太閤はんときたら次は、奥方様のねねさんが眠る高台寺ですね。

回遊式の庭が美しいです。小堀遠州の傑作のひとつです。近郊に「ねねの小径」という路地裏があり、小さな本屋さんがあります。前回訪れた時には、ここでかわいい小銭入れを購入しました。

近くには八坂神社があり、抹茶コロッケと抹茶ビールを堪能しました。中国人こそいないものの、外国人がいっぱいいましたね。

やっぱり京都は落ちつきます。日本の首都は京都です。たまたま御当今(ご・とうぎん/今上陛下)が東京の里御所(皇居)におられるので、首都機能のあるメガロポリスとして、東京が首都扱いされているだけです。西へ向かったもう一つの目的は、神戸の荒田八幡神社です。

ここには、安徳天皇が祀られています。グーグルの地図ではなかなか辿り着けず、地元のおばちゃんに聞いて、やっと参拝できました。安徳天皇は武門平家の総帥です。とっきぃは源氏ですから平家衆には睨まれているでしょうけど、安徳帝がうんと言わない限り、とっきぃには手が出ません。

六波羅蜜寺に行きました。僧形の平清盛木像と対峙するためです。

巻物から目を外して虚ろになっていると解説されていましたが、

とんでもない。目を合わせて見てください。底冷えがするほどの眼力ですよ。

歴史上の「巨悪」とまで言われている平清盛こと、平相国は政治・軍事の才能だけでなく、人間としての優しさにも恵まれていました。だから女にもモテるんですね。イケメンではなかったようです。でも、気配りができるから上司にも部下にもオンナにも、人気があるんです。ユリウス・カエサルと似たタイプかもしれません。

東国に蟠踞(ばんきょ)する源氏は、軍事を専門とするという点で好敵手でした。しかも数が多い。対する伊勢平氏は三重県中部を拠点とする小さな所帯です。小さいからお互いを思いやるんです。

そこがまさかの命取りになるなんて、平相国には思いもよらなかったでしょう。

平相国とまともに対峙できる人物が、いや化け物がもう一人いました。そう、後白河院です。この二人を結びつけていたのが、建春門院滋子でした。後白河院の寵愛深く、滋子の姉が清盛夫人の時子だったからです。

後白河院と平相国は、保元の乱で結びつきます。平家のウリは武力でしたから、同業他社の源氏は邪魔でした。そこで清盛は源氏の軍事力を削減することを考えます。保元の乱ではあえて主役を源義朝に譲って、自力は温存するんです。源氏方はあの源為朝が敗れて流罪になりました。長弓を軽々とひくモンスター級のツワモノでしたが、さっそく消えてまずまずです。

次いで平治の乱が勃発します。恩賞に不満を持った源義朝の暴発らしいです。しかし、それは言いがかりです。平家はおじいさんの代からじっくりと官位をあげてきたのです。直情径行の義朝にはそのあたりがわからなかったみたいです。頭に血がのぼっていたんでしょうね。義朝本人は竹を割ったような爽やか男児でイケメンですから、いい人なんですが、こういう人は政治向きじゃないんです。

同盟を結ぶ相手すらよく見ないで決めてしまう。それでもう、軍略がめちゃくちゃになってしまう。

清盛はそういう源氏方の焦りを熊野詣でにかこつけて、遠くで見ているんです。準備は万端。武具もちゃんと準備を整えていて、ついに平治の乱に勝利します。哀れ、義朝は東に逃げるのですが、部下に殺されてしまうのです。「この大将じゃだめだ」と見限られたのでしょう。要するに軽蔑されたのでした。政治的無邪気さは末子の義経にも受け継がれて、「惜福」を忘れてしまい、奥州で滅びます。

 

そうやって平家の躍進が始まります。官位をあげていく一方で、権力の源泉は依然として軍事力です。敵は源氏、つまり東からやってきます。京都は守りがたし。それで攻めてきたらオープンシティにして、西へ逃れます。神戸が第一ゲートです。義経のひよどり越えで陥落しました。四国の屋島がウェポンコンテナでしたが、ここも義経に突破されています。智将・知盛ならここで挽回できそうなものでしたが、家族愛に流されたか、兄・宗盛とともに、さらに西に落ちていきます。第二ゲートが瀬戸大橋がある辺りです。第三ゲートが来島大橋から広島湾です。このあたりには海賊衆がいたのですが、平家の公達が賜姓を渋ったがために、源氏方に寝返りをされてしまいます。そして運命の壇ノ浦の悲劇がやってきます。

知盛という逸材を有しながらも、運命に呑まれた平家が残念でなりません。賢き安徳帝は、東(伊勢神宮)に向かって参拝し、西(涅槃)に向かってお祈りを唱えて海の底へと向かいました。「おいたわしや、安徳帝」と数百年もの間、赤間神宮への人々の参拝は絶えず、おかげで安徳帝も立派な神さまになったそうです。

さて、宿泊ですが、神戸の「万葉倶楽部」を利用させていただきました。ちょっとしたスーパー銭湯で、強炭酸泉がとても気持ちよかったです。

用事はこれで済んだので、比叡山に登りました。坂本ケーブル「縁(えん)」号で長さ日本一のケーブルを登っていきます。2つ目のトンネルを抜けるとそこは雪山でした。眼下には比叡の山並が見えます。しっかりと若木を育てているのがとても良かったです。

雪のしんしんと降る中を、根本中堂に参りました。改築中でしたが、竹の釘を使用しているのが新鮮でした。

 

織田(おりた)邦男元空将の『空から提言する新しい日本の防衛』を読了しました。本人も語っていましたが、「床屋談義」です。

若いモンは公(おおやけ)の心がない、けしからん!というのが、どうも本書の主旨のようです。

「オレはパイロットだったんだ、すごいだろ!」と、ちょっと自慢していますね。ですが、織田さん、その「公の心」とやらで、やりがい詐欺でブラック社長に身も心も搾取されたZ世代が自分を守ることをおぼえたからといって、「けしからん!」というのはいかがなものでしょう。

併せて、ゼレンスキー宇大統領を「英雄」と言っているあたり、どうみても情報源がオールドメディアでしかないんですね。

クレクレスキーはいまや世界の笑いものです。

こういう人は軍略は任せられても、政略には入れてはいけません。

織田さんは義朝や義経のような人物なんですね。

いいことも言っています。自衛隊の英語表記についてです。Self-Defense Forcesといいますが、Selfは必要ないと言うのです。

selfish(自己チュー)を想起させるからだそうです。これには同意します。「ディフェンス・フォース」、かっこいいですよね。自衛隊征服組の立場を上げた安倍元総理をとても評価しておられ、核抑止力についての造詣も深いものがあります。体罰容認はちょっと問題ありです。例えば、入社式でいきなりビンタされたり、精神注入棒でキメイタをされたりしたらZ世代は翌日から来ないですよ。

「けしからん!」は時代錯誤ですよ、織田元空将・・。

 

イケメン源氏は、熱すぎてものが見えなくなった。

偉大な平相国は、俯瞰して時代の扉を開けました。

Z世代は、SNSの膨大な情報量から着実に取捨選択しています。

続く、アルファ世代もそうです。研ぎ澄まされた感性はあっぱれです。次世代が楽しみですね。脳筋の「けしからん」は放っときましょう。