せっかくだから、救護施設についてというか、救護施設で働く僕の仕事を書いていくね。知らない人も多いよね。

〇救護施設の職員として

救護施設で働く以上、支援を組み立てるにあたって、たぶん変わることがない考え方がある。

僕の変わらない考え、それは
「利用者は何もしなくていい」

ということ。

でもこれは、利用者の代わりに職員がなんでもする、、ということではない。

あくまで僕たちはサポートで、行動を起こすのはいつだって利用者であることは変わりない。

じゃあ、どういうことか。

僕が言う「何もしなくていい」は、その頭に「強制的に」とか、「望まないことを」という言葉がついてくる。

つまりあれだ、生活保護を受けているからと言って、勤勉な働きアリになる必要もなければ、陽気なキリギリスになる必要もない。

極端なことを言えば、利用者は生きたければ生きればいいし、死にたければ死ねばいい。

→いや、自殺はダメ、ゼッタイ(゜o゜)

ただ、こちらから無理にさせることは何もない。

こんなことを言うと、じゃあ施設の規則なんかも守らなくていいのかとか、法律も無視していいのかとか、揚げ足を取ろうとする人も出てくるだろうけど、

ま、でもね、その揚げ足こそ僕が今日話したいことだったりするんです。

 

 

●やりたいことは?

救護施設に入所している利用者に、僕は何かを無理矢理させることは基本的にない。

なので、僕から「アレしろ、コレしろ」と言って支援が始まることも基本的にはない。

利用者は何もしなくてもいい。だけど、しなきゃいけないことは必ず出てくる。

矛盾してると思う?

実は利用者の「しなくてはいけないこと」は、利用者の希望、つまり「やりたいこと」に付随してついてくる。

例えば、一人暮らしをしたい利用者がいたとすれば、その利用者は一人暮らしをするための能力を身に着けなければいけない。

家事、炊事、掃除とかね。

そのために練習をしなくちゃいけないかもしれないし、もともと身につけてるかもしれない。

ただ、その能力を自分だけの力で身につけることが難しいなら、何かしらのサービスや手助けに依存すればいい。

全てを自分だけで賄う必要はない。

けれど、サービスは有料だったりすることも多い。そうなれば、サービスを使えるように整備することも必要になってくる。

週に2回ヘルパーを依頼する、そこで何をしてもらうか、そういったことを整理、依頼する力も立派な能力だ。

凄く漠然と書いてしまったな。

とは言え、利用者の「やりたいこと(一人暮らし)」には他にも色々と「やらなきゃいけないこと」が付いてくる。

一人暮らしだけじゃない。

何かを買い物をしたいとき、どうにかお金を捻出する必要があるように、椅子に座りたければ、足を曲げる必要があるように、

変化を求めず施設で生活するだけだったとしても、施設で生活したいなら、施設の規則は守る必要がある。

何かやりたいことが見つかれば、そこには必ず、何かやるべきことが付いてくる。


●僕の仕事は、なんかのか?


僕は利用者に(無理矢理)何かさせるつもりはない。それこそ生活保護を受けるまでに、救護施設に来るまで、色々とやらされてきただろうから。

けれど、

利用者の「したい」が見つかったのなら、それを実現させるための「しなくちゃいけない」を利用者が出来るだけスムーズにクリアできるように

僕は支援を組み立てる。

僕の仕事は利用者の「したい」を叶えることじゃない。利用者が「したい」を叶えること、そのサポートが僕の仕事だ。

おしまい。

長くて、ごめんね。

noteでも記事を書いてるので、そちらも読んでくれると嬉しいです。

ペーペーのnoteはこちら(*´∀`*)