以下のような記事がひかりの輪広報から発表されていた。オウム時代からもオウムの教義を絶賛した宗教学者は多数いたが、いまだに、記事にあるように宗教学者がオウムに利用されて、カルトの宣伝活動に加担している事実を見ると本当にやりきれない思いに駆られる。オウム真理教が宗教学者やチベットの僧を宣伝活動に利用し、その結果多くの人達がその影響を受け、オウムに入信しその後の人生を大きく狂わせたことを真摯に受け止めたなら、自らの立場を考えて慎重に物事を見極めようとする姿勢があっても良いはずであろうと思うが、その姿勢の片鱗すらも見せずに軽々しい言葉を述べる態度には、その立場を考えないあまりにも無責任すぎる態度としか思えない。宗教学的にも色んな考え方があるのであろうが。オウムに利用された宗教学者も犯罪行為を知りつつオウムの宣伝に加担したとは思えない。オウムの教義からは犯罪行為を想定できなかったからこそ、オウムの宣伝に利用されたのだろう。オウム事件を考える時、宗教学者としてはその教義と結び付けて事件を考えたいのだろうし、そういう視点も大切だろうし拘りたい気持ちも分からぬではないが、オウム事件を教義だけに結び付けて考えるのはあまりにも無謀であるし、人は思想だけに基づいて行動するのではない。

そもそものオウム事件の発端となったのは、信者の事故死を報告せずに事件にしてしまったことにある。そしてその遺体を焼却するのを手伝った信者を口封じのために殺した。

ここで超えてはならない一線を越えてしまったことに、もっと注目や関心があっても良いとは思うのだが、地下鉄サリン事件の衝撃が強いせいか世間の関心も霞んでいるように思える。

私が思うに、その後の事件は一線を踏み越えてしまったが故の犯行であるし、教義なんかは信者を納得させるための後付けでしかない。まず教義があって人殺しを行なったのではなく、事故を隠蔽し、人殺しをしてしまったことに対する言い訳でしかないのである。政治家であれば政治家なりの言い訳をしただろうし、経営者であれば経営者なりの良い訳を考えるだろうが、麻原は宗教家だったので宗教家らしく密教の教義などを持ち出して自らの行為を正当化しだし、その考えに憑りつかれていったのだろうと考えている。まずは教義が事件の発端ではないということは抑えなくてはならない絶対の認識であろうと思う。

大田や鎌田が問題視しているであろう神秘主義は「盲信」する要因にはなりえても殺人を行なう要因にはなりえない。教義もしかり。どれだけ「愛」や「慈悲」を全面に打ち出しても、「愛のために殺せ」と言われたなら殺してしまう。ひかりの輪の教義においても全く同様である。団体を守るためであれば、なんでも行なう下地はある。だからこそ、これだけ被害者や近隣住民が声を荒げて「解散」を求めていても、他人の思いを無視しつつ、自らのエゴ、保身を最優先させているのである。

その視点を有しつつ、大田と鎌田の意見を読んでいたら、以下に的外れな意見を述べているのかは容易に判別できると思う。

「麻原離れ」していようと、なかろうと、そのこととひかりの輪の「健全さ」とは一切結びつかない。ましてや「『公共の安全を脅かす危険性』を見出すことはできない。」と言い切る姿には、自らの愚鈍さと無責任さを表明しているとしか思えないのである。麻原を信仰していないカルトは多々あるが、それらの教団全てが「健全」であるとでも考えているのだろうか。宗教学者としては致命的とも言える意見でもあろうと思う。

公安調査庁の立ち入り検査で見られたら困るとして、極秘資料を立ち入り検査の権限がない信徒宅に預けていた事件があって、その事を追及した時に上祐は「大丈夫だから」としか言わなかった。それでネットで晒した時になって「バレなければ大丈夫って意味だ」と自らの発言を訂正してきた。そして予め信者に預けていても違法ではないと知ると、「違法行為でもないのに問題視する方がおかしい」などと言っている。いまだにそのスタンスは変えていないだろう。

違法行為でもバレなかったら大丈夫であり、不正行為でも違法行為でなかったら問題ないというスタンス。

旅行業法違反の際では、「起訴すらされていない」という言葉を強調していた。つまりは、違法行為でも起訴できるほどの十分な証拠がないかぎりは何をしても大丈夫とも取れる発言をしている。

おそらくは、鎌田も大田もこのような発言は耳にしているだろうが、両名には何の問題意識もないのであろう。学者としての資質すらも疑う批判精神の欠如である。

もちろん、一昨年、ひかりの輪から命からがら本部施設から逃げ出した信者の話も知らないだろうし、その信者が逃げ出した翌日に信者名義のキャッシュカードから無断で現金を引き出したということは知らないのであろうが、それはオウムに利用された学者とどこがどう違うのであろうか。サリンプラントを宗教施設だと言った学者と全く同じ次元でしかない。

オウム問題を確かにひかりの輪では提言している。しかしそれを実践できているとは限らないし、全く実践できてもいないし、する気もないのがひかりの輪という団体なのである。オウムを批判することで、自分達はオウムではないと錯覚させるのが主な目的なのだろう。観察処分を外すために。

その戦略にまんまと引っかかったのが、大田俊寛と鎌田東二。「長年の広範な調査研究の結果」とか宣伝されているが、その主張は、オウム、アレフ、ひかりの輪で20年間も見続けてきた私からは滑稽であり悪質でもある。

学者として考えるのなら、ひかりの輪が反省したかどうかよりも、オウムに利用された学者をどう考えるのか、再発防止のためにどう提言していくのかという視点が何よりも求められているのだがな。全く反省できていない学者さん達である。ひかりの輪と通じるものを感じる。


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http://www.joyu.jp/hikarinowa/news/00news/1348_1.html
広報部のお知らせ

宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果
(2018年04月18日)
以下の通り、オウム真理教(現アレフ)とひかりの輪を専門とする優れた宗教学者の方が、長年の広範な調査研究の結果として、ひかりの輪が危険な団体ではないことを認め、ひかりの輪の観察処分を取り消した東京地裁の判決を支持し、公安調査庁の見解を否定する報告を正式に発表されていますので、ご紹介します。

(1) 鎌田東二氏
(上智大学グリーフケア研究所特任教授・京都大学名誉教授/宗教哲学・民俗学)

多数の研究論文・著作・メディア出演で著名な宗教哲学者。
長年オウム真理教研究を行い、宗教学上の魔境の概念でオウム真理教・麻原彰晃の闇をひも解いた「呪殺・魔境論」など刊行。

ひかりの輪に関しても、その発足以来10年に渡り調査・研究。現在、優れた宗教学者多数が参加する「身心変容技法研究会」の代表研究者であり、所属する上智大学グリーフケア研究所の所長は、オウム真理教の研究でも知られ、日本の宗教学者のトップとも言われる島園進氏。
身心変容技法研究会に関しては、http://waza-sophia.la.coocan.jp/

鎌田教授は、以下の論文で、長年の広範な調査研究の結果として、ひかりの輪の思想の健全性を認め、ひかりの輪の観察処分を取り消した地裁判決を支持し、公安調査庁の見解を否定する論文を発表されています。

以下は身心変容技法研究会HPにて公開中のページのリンクです。
(研究年報「身心変容技法第7号」(科研研究年報誌『身心変容技法研究』第七号)全272頁)
表紙(0.5MB)目次(0.5MB)本文(8.7MB)奥付(0.5MB)裏表紙(0.5MB)

以下は、「身心変容技法と霊的暴力――オウム真理教とひかりの輪の身心変容技法」鎌田東二より一部抜粋です。

「公安調査庁も公安審査委員会もそうした表現を言葉だけ、口先だけの欺瞞であると見て、観察処分の必要を主張している。
オウム真理教とその後のアレフとそこから独立したひかりの輪のそれぞれの思想と行動と活動を仔細に吟味し、比較していく必要があるが、それについては今後も継続考察していくとして、小論を締め括るにあたって、最後に、上祐史浩とひかりの輪が辿った分派独立の過程を「麻原隠し」と見るか、「麻原離れ」と見るかについては、私は後者だと見ている。
それがこの十年間のひかりの輪の思想表現や活動を見ての結論である。

ひかりの輪の教本に一貫して表現されているのは狂信的なカルト宗教に対する慎重な態度と距離と批判的な吟味である。
そこにはオウム真理教事件が引き起こした諸問題を深刻かつ真剣に反省的に捉え、混迷する時代の中での一人ひとりの生き方や内省・自己省察と自然理解・自然体験をベースにした人生哲学を学ぶ場であろうとしている。
それは一種の「人生道場」的な集いと研鑽であるが、それはオウム真理教事件後の反省に基づく抑制とバランスの取れた見方と主張であり活動である。
それを「麻原隠し」と断定する根拠はない。

この点で、私は東京地裁の判決を支持する。ひかりの輪を観察処分が必要な公共の安全に脅威を与える危険な団体と見なさない。
むしろ、ひかりの輪は、教本のみならず、さまざまな活動において、思想的にオウム真理教の危険性と問題点を自己反省的・総括的に批判し、そこからの離脱と距離を繰り返し確認しようとしている。

また行動的にもオウム真理教が陥った自己肥大・自己幻想・自我のインフレーションの陥穽に陥らないように注意深く自己観察や自己抑制することや社会的公共性や信頼性を確保することを強調している。
その方向性と指針に従って自己抑制と自己吟味を重ねながら地道に行動し活動を続けている。そこに「公共の安全を脅かす危険性」を見出すことはできない。

内においては聖地巡礼や修験道の実践を通して、「六根清浄、懺悔懺悔」を内観浄化し、外においては、「外部監査委員会」を設けて外部の有識者の吟味検証を定期的に受けている。(中略)
もちろんそれが逸脱することのないように見守ることが必要であるが、本身心変容技法研究会は、「外部監査委員会」とは異なるところで、オウム真理教事件後の諸問題についてさらなる探究と吟味と情報公開を伴う社会還元を行っていきたいと考えている。」


(2) 大田俊寛博士・埼玉大学

新進気鋭の宗教学者であり、近年出色のオウム真理教研究とされる「オウム真理教の精神史」の著者。ひかりの輪に関しても、その教材・資料のほとんどを精査するなど、その広範な調査・研究は他の追随を許さない。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。グノーシス主義の研究でも著名。

大田博士は、2014年、ひかりの輪の外部監査委員会(当時の委員長は河野義行氏・元長野公安委員・松本サリン事件被害者遺族)の要請を受けて、それまでの深く広範な調査・研究に基づいて、団体の思想・活動に観察処分に値するような危険性があるか否かに関して、意見を同委員会に提出されました。

結論として、ひかりの輪は、オウム真理教の教義・活動の中で事件の原因となった危険な要素に対して十分な対処しており、その意味で危険な団体ではないとして、公安調査庁の見解を否定しました。また、2017年にも再び、同じ趣旨の意見を発表されています。

大田博士のひかりの輪に関する意見書(2014年11月)https://goo.gl/yyhFU2

大田博士のひかりの輪に関する意見書追加版(2017年11月)https://goo.gl/m1MFDW

大田博士の雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモ(2018年3月20日発表):http://gnosticthinking.nobody.jp/dialogue.html