忠犬ハチ公の日 | 知る必要のない雑学の語り部屋

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たった1回の人生、世の中の雑学なんて基本知らなくてもいい事だらけ!でも知らない事のほうが多いはず。自分が生きてきた世の中ってどんな事があったのか?知らないままあの世に行くのはもったいない!そんな気持ちで広く浅くをモットーにどうでもいい雑学を語ってます。

今日4月8日は、忠犬ハチ公の日


1936年(昭和11年)から毎年この日に


忠犬ハチ公の慰霊祭が行われており


忠犬ハチ公銅像及び秋田犬群像維持会が制定している





では手短にハチ公の事についてお話していおきましょうΣ\( ̄ー ̄;)





ハチ公は、東大農学部の上野英三郎博士に飼われていたわんわん秋田犬


1923年(大正12年)秋田県大館市で生まれ翌年の


1924年(大正13年)から上野博士に飼われることになった



上野博士の在命中は、玄関先や門の前で上野博士を見送り


時には渋谷駅まで送り迎えすることもあった(*^ー^)ノ




そして、上野博士が1925年(大正14年)5月


突然大学で急死しています叫び



主人が帰ってこのいことに異変を感じ3日間食事を摂らなかったそうで


主人を失ったハチ公はいくつかの家を転々とした後


1927年(昭和2年)


渋谷区富士ヶ谷の植木職人の家に落ち着いたようですしっぽフリフリ



そこは、渋谷駅から歩いて20分くらいの場所


このころからハチ公は亡き主人が今でも帰ってくるんではないかと


上野博士が帰宅していた時間にあわせて渋谷駅周辺に姿を見せるようになり


改札口から微動だにせず待ち続けていたそうです。(´д`lll)




しかし、駅ではボロボロの秋田犬が現れるのを歓迎されてなかったようで


蹴飛ばされたり、追い払われることもしばしば・・・




その後、待ち続けて5年目1932年(昭和7年)頃に


日本犬保存会という団体の人がハチ公を哀れみ


東京朝日新聞に投稿したそうで


「いとしや老犬物語」として亡き主人を迎えに来る犬の話が紙面に登場し


一気に世間に広まったようで、ハチ公の一途な姿は人々に感銘を与え


忠犬と呼ばれるようになり


ハチ公は渋谷駅の人々からも可愛がられるようになったそうですニコニコ



そして、彫塑家の安東照(あんどうしょう)氏が犬の像を造りたいと


朝日新聞に投稿した人に話し


1934年(昭和9年)4月に渋谷駅前に忠犬ハチ公像が建てられた


実はこの銅像の除幕式クラッカーには300人もの著名人が参加しており


ハチ公自身も出席している




その翌年1935年(昭和10年)


忠犬ハチ公10歳余りで一生を終えている・°・(ノД`)・°・


駅で待つ自分の姿を銅像として残して


主人の待つところへ向かったと思います・・・






ちなみに現在の渋谷駅にあるハチ公の銅像は2代目



初代ハチ公像は第二次世界大戦の戦争中に資源不足を補うため


民間から金属を供出させている「金属供出」で溶かされています


この時期は数多くの寺院の鐘が溶かされているようで



ハチ公像は終戦直前の1945年(昭和20年)8月14日


鉄道省浜松工機部で溶かされたとされています


それは機関車の部品となって東海道線を走ったそうです




現在の2代目ハチ公は、1948年(昭和23年)に再建されたもので


実は、この銅像は父の意志を受け継いだ実の息子


彫塑家 安藤 士(あんどうたけし)が再建したものです







すいません今日は忠犬ハチ公の日、手短に語るつもりが


長くなってしまいました・・・語り始めると止まらない実話なので(;^_^A



実は、俺もこの話に出会ったのが小学校4年生の頃


恥ずかしながら週間少年ジャンプ漫画として読んだのが最初ww



なのに・・・ジャンプ見て大号泣の涙、あせる涙、あせる・・・



周りから見たら何の漫画見てあんなに泣いてるんだろって


思われたでしょうけどo(TωT )


小学生でも感動できる思いの深いお話でしたキラキラ










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