14・石見銀山遺跡とその文化的景観



銀山開発の中心地である「銀山町」と行政・商業の中心地となった「大森町」が合わさり「大森銀山」と呼ばれ、幕末・明治まで繁栄した歴史的鉱山町の名称です。


最盛期には世界の銀の1割を産出したという記録もあり、日本を「銀の島」と呼んだ所以であり、莫大な富を生み出した場所のため、金運向上や商売繁盛のご利益があるとされます。


戦国時代には大名たちが争奪戦を繰り広げ、毛利元就が莫大な財力で中国の覇者となった歴史から、勝負運や事業繁栄の象徴とされます。


大森の町並みは、銀山川沿いの谷間に発展し、武家屋敷や商家、役人(奉行)の家などが混在する、当時の鉱山町特有の都市構造をよく残しています。


赤い石州瓦と、火山活動で作られたグリーンタフ(緑色凝灰岩)の石垣が特徴的な景観を生み出しています。


大森代官所跡、熊谷家住宅(重要文化財)、旧河島家住宅などが現存し、当時の生活を伝えます。



大森・銀山

島根県大田市大森町ハ147