ここ半年近く、テレビのニュース番組を見ないようにしている。最初はニュース番組だけだったが、今はテレビでドラマ、映画、番組もほとんど見ず、テレビ自体つけない。時々、Youtubeで気になる動画を見たりTwitterでロイターニュースを確認はしてるから、完全に、ではないけれど、この本の表題「ニュースダイエット」をある程度実行している。


結果からいうと、テレビニュースの影響を受けなくなってから精神的にすごく安定し、本を読んだり、考えたり、ブログすら書く気にもなった。


そこで、この本を紹介したい。


ロルフ·ドベリ著 

「ニュースダイエット」


ニュース断ちのきっかけは2つあった。ひとつめは昨年12月のチリの大統領選挙だった。私が推していた右派カスト候補が負け、現大統領のボリッチが勝利した。


それまでカスト候補の支持者のビデオ投稿などを優先的に見て、勝って欲しい、と思っていたが、国民はボリッチを選んだ。テレビメディアによるカスト候補への露骨な批判も感じたが、自分がアルゴリズムで選ばれたニュースやビデオばかり見ていて、自分の志向と思考が簡単に作られて、自分と違う意見への嫌悪感や拒絶反応が否応なしに出てしまうものだと気がついた。


2つ目はチリのテレビニュースのレベルの低さだ。強盗、車の盗難、銃犯罪、麻薬、医療崩壊、DV殺害、左傾化した高校生が火炎瓶を投げバスを放火。警察による取り締まり…。どこのチャンネルを回しても、政治経済や国際情勢を掘り下げたニュースは少なく、センセーショナルな犯罪の映像や悲惨な事件の被害者家族の泣き顔や、怒る市民の映像の垂れ流しで、私達はひどい世の中に住んでいるんだと気持ちが塞ぐ。


この本で「デジタル化により、ニュースは無害な娯楽媒体から、人間の健全な理解力を損なう大量破壊兵器へ変化している」と著者は言及する。


本書のまえがきでも語られるが、2020年のコロナ禍が始まって、皆がその当時、事細かくコロナについてのニュースを見て、専門家があれこれ自説を述べたけれど、それがどれだけ的を得ていただろうか?何か貢献しただろうか? ただ私達は闇雲に恐れたり落ち込んだり、怒ったり、批判したり、不安になっただけで、厳しい不便な生活を乗り越えていく強靭な精神力をニュースによって醸成できたか?



ニュースに顔を曇らせていても、実際に南米のこんな田舎では、そんな悲惨なことは起きていない。せいぜい空き巣や麻薬の噂。幸い家族誰もがコロナ感染もせず、家族関係は良好だ。収入減と物価高と旱魃に悩みながらも、生命の危険は感じたこともない。どうして私の平穏な生活を、他所のニュースを見て、最悪な気持ちの不快感で、かき乱す必要があるのか?


本書は、言う。

「ニュースで報じられることの99%は、あなたには影響を及ぼせない。そのことが学習性無力感と呼ばれる心理的穴に落とし込むある種の軽い鬱状態に陥ってしまう。」


だから、テレビニュースを断つのである。


一日あたりのニュースに費やす時間を、本を読んだり、家族とおしゃべりをしたり、体を動かしたり趣味をしたほうが精神衛生上、良いに決まっている。


筆者はこのニュースを断つことで、「一気に平穏になり今より幸せを感じやすくなる」という。全く同感だ。



ウクライナのニュースは辛い。サル痘だって心配だ。でも、ここのところニュースを見ていて幸せになったことがあったか? これでもか、と厭世観を増すばかりのニュースが垂れ流され、その脇に広告やコマーシャルが挟まっている。すべて私達の耳目を集めるニュースを流して広告収入を得る仕組みは、私達により悲惨なニュースを提供し続けている。



そんなニュースで不安になった私達は、自分の抱えている不安を誰かに肯定してほしくて自分の意見を押し付けるとか、自分の考えを絶対の正義だと規定して他者を批判する人もいる。そんな人もニュースさえ見なければ、自分も他人も、社会の見方も、その時その時で変化する一時的な感情にすぎないんだ、と怒りが鎮まりもっと楽に生きられるのではないか?


私は、他人や社会問題のあれこれを攻撃している人が気の毒でならない。「まあ、その刀を鞘に納めてくださいな。そんなにいきりたつ必要はないんじゃないですかね?」と言ってあげたい。誰もがもっと楽に生きて欲しい。「あなたの怒りや悲嘆を食い物にして膨張しているのがニュース番組なんですから、そんな企みに乗らないで、あなた自身が幸せに生きる方向を探してくださいよ」と言ってあげたい。


著者は言う

「心の平静とニュース、この2つは調和しない。人生における賢明さとニュースも調和しない」




あれほど熱烈に国民に支持されたと思われた大統領はたった2ヶ月で国民の不支持が6割以上と厳しいスタートとなった。ニュースメディアに踊らされた国民が投票して、この結果だ。9月には新憲法の国民投票が待っている。これが可決されたら、チリはどんな国になるのか?不安は大きい。でも、少なくとも私は、テレビの前でニュースにかじり付くことは、もうしない。


ニュースに右往左往するくらいなら、歴史やイデオロギーや哲学がテーマの本を読んだほうがいい。そうしたところで現実世界は変えられないが、少なくとも私自身と私の家族が悲観主義に陥ることがないように自衛策はとったほうがいい。


ニュース見ないことは、世の中を良くしたいと言って火炎瓶を路上に投げつけている学生とは対極にある行為だ。そのテロ行為はニュースを劇場のように見ている観衆がいるから激化する。仮想敵を作って攻撃するのは無知の所産で、本当の知性が生まれるのはニュースを断って本を開くことだと思う。


時間が無くてもオーディオブックでも十分に学べる今、ニュースにメンタルヘルスを害されることなく、これからも謙虚に学びを続けていきたい。