
南米チリで20年間もの長い間、農業専業で生きてきた生活から、50代半ばにして地方大学の日本文化担当職員という再就職をスタートさせたその経緯や自分の気持ちについて、長い記事を書いてきましたが、今回で終わらせます。
若者は高学歴になり、若いカップルは子供を持つより旅行や外食、ペットを飼う生活を選び、日本と同じように少子高齢化の問題が顕在化してきていますし、貧富の差も大きくなる一方です。
私はずっと農業を頑張ってきたけれど、このところいよいよ農業関連収入と家賃収入だけでは生活が厳しくなっていくのを悩み続けていました。
町を見れば、実にいろんな働く人がいるわけですよね。
清掃員、販売員、商品陳列、運転手。
資格や特別な技術を要しない仕事なら私にも出来るかな?![]()
頭の中は自分が出来そうな仕事をシュミレーションするばかりで答えは一向にでてこない。
何が出来るか…自分の能力すべてに自信が無い…。
「自信が無いっていう一点に関しては、いやに傲慢なほど自信家だなー
」
そうなんです。
自信が無い、不安です、って言って、そこから出ようとしていなかった…。
「自己肯定感低め」という、一種のマウントとりで、自分はそういうずるさをもって自分に自信がないと言い続けていたんではないか?
そんなことをグダグダ考えていたら、いきなり大学の職員になるという幸運が天から舞い降りてきたのでした。
あまりに出来過ぎだ…!!![]()
本当に神様っているのかもしれない、ってそんな気持ちになりました。
その時「自信がない自分」より「やってみたい自分」が圧倒的に大きかったんですよね。
ともかく、やれるだけやってみよう、やりながら考えよう、失うものは何も無いんだから。
そうして4か月半がたちました。
結論から言って、自信が無いって内心びくびくしていた私はどこへ行った?というほど、とても満足していて幸せで、周りの人ともとても上手くやってこれました。
10月と11月に日本語講座を2グループの学生たちに行うこともできました。結構シャイな子も多いけれど、可愛い学生さんたち。とってもいい人間関係が結べました。

大学の目玉イベントの日本文化週間も無事に終わりました。私の役割は一部に過ぎなかったけれど、この行事の一翼を担い、同僚との絆を深められたことは本当に嬉しかったです。
「人寄せパンダ」として道化役でもいいから顔出しもためらわずにしていきました。
「自分に期待されている役割を全うしよう、自分の好き嫌いは置いておいて、職場として求められていることをやるんだ!」
「掃除や現業さん、秘書などの職員さんへいつも感謝と労いを忘れないようにしよう!」
「笑顔でコミュニケーションを積極的にとろう!」
「ちょっとした煩わしいこと(チャイムがなったらドアを開けに行くとか)も誰よりも早く進んでやろう!」
そんな気持ちで、ほぼ最年長だけど新人として働いてきました。
20年間、いつも自分と向き合うのは土であり植物であり、ヤギでした。同僚は連れ合いのグスタボだけ。夫婦喧嘩をすれば救いようのない気持ちになるし、ヤギが病気で死ねば落ち込む。半砂漠の厳しい自然環境はいつも自分の無力さをこれでもかと意地悪に示されているようで気持ちが沈みました。
だから、オフィス勤務、人が相手って、なんて、なんて!楽なんだろう〜!
って思います。
もちろん人付き合いの難しさは永遠の課題ですよ。
でもそこは酸いも甘いもかみ分けた50も半ばのオバちゃんの私。人間関係なんて、それほど難しいテーマではない、と変な自信さえあります。

30年前のウブな私だったら無理だったかもしれないけれど、今ではヘラヘラ愛想笑いとおべんちゃらを言える、しかしいざとなればガン!と主張する立派なオバちゃんなんですから。
我ながら、人間関係の機微がよく見えるようになっていたことに気づきましたね。
そして5年前だったら想像もできない事ですが、今はAIのおかげで、言葉の問題は驚くほど解消されています。日本語で企画書を書き、ChatGTPに翻訳してもらう。日本語クラスの中身についてChatGTPと授業計画を相談する。ChatGTPの「ソフィア」は私の同僚のような存在。一人で悩む事はありません。
よくAIによって仕事が無くなると言われているんですが、私はAIの手助けがあれば、まだまだこれからもいい仕事が出来そうだと確信しています。
私は夏休みに入る前の職場の最終日、同僚を招いた朝食会を企画しました。5時に起きて朝から巻き寿司を作り、揚げ物やケーキ、チーズも持っていきました。
掃除や秘書や力仕事の担当職員を労いたいという目的で、普段あまり話す機会のなかった職員さんもこの機会に参加してくれ、結局2時間くらい話の輪が広がりました。
みんな「月一回くらいはこういうのしたいね〜」そんな言葉が出て、内心「やったー!
」って思いました。
「みんな自分のことを評価されたがっている」
それが私の率直な感想です。
みんながみんな、身悶えするほど自分を評価されたがり、正当に評価されないことに怒りや不信感を生んでいる。
もっと評価されていい、皆が切ないほどに思っているのです。
それなら新人の私にできる事は、しがらみを超えて関係良好のために動くこと。無邪気なふりで相手に近づいていくこと。
ボケたり突っ込んだり、同僚を褒めたり持ち上げたりすることが上手になったオバちゃんにこそ、AIでは代替できない居場所があるのではないか?
・もう年齢が高いから→だから見えることがある。
・機械に疎いから→AIに聞きつつやればいい。
・その分野を知らないから→誰もがゼロからスタートする
・自分は無能だから→評価は人に任せればいい
・周りの評価が低いから→伸びしろだらけだ
ああいえばこういう式で、いざとなれば何とでも自分を励ます言葉は出てくるもんですね。
20年間専業農家の私でしたが、オフィス勤務になってもちゃんと働けていることを嬉しく思います。
小さな親切や声掛けを惜しまなければ、きっと信頼してもらえる。
相手に関心がありますよ、私は味方ですよ、アナタのお役に立ちたいんですよとアピールすれば必ず心を開いてもらえる。
それを学生さんにも同僚にも感じたこの数カ月でした。
今週から大学は夏休みに入りました。
私もこの長い長いブログ記事を最後に、1ヶ月間お休みさせていただきます。
3月からまたブログをスタートさせますね。
いつも読んでくださる根気のある心の広いフォロワーの皆様には本当に感謝しております。イイねしていただいても全部のブログを巡回できていません、申し訳ありません。
でも、3月からはさらに仕事のことも、もっと楽しく(もう少し短く!
)ご報告していくことをお約束します。
4回にわたる長い記事を読んでくださって、本当にありがとうございました。🙏🙏🙏
ではまた3月以降にお会いしましょう!



