NHKより
増える“縁切り死” 身元不明遺体が映し出す現代社会
今、どこの誰なのか分からないままになっている「身元不明遺体」が増え続けています。その数、全国で2万以上。多くは自殺で発見された当時、所持品がなく、あえて自分の身元をわからないようにして亡くなっているのです。今回、私たちは遺体の身元の特定を行う警視庁の部署に初めて取材をすることができました。「身元不明遺体」から見えてきたものは、現代社会の課題ともいえる一面でした。
(社会部記者 大西由夏 おはよう日本ディレクター 北條泰成)
身元相談室とは
私たちは去年からことしにかけて警視庁にある「身元不明相談室」に通い続けました。この相談室は全国の警察の中でも唯一の組織で専従の警察官が遺体の身元の特定にあたっています。

相談室に寄せられる遺体の情報は1年間に1000以上にのぼり、主に川や海、山の中などで見つかった遺体が多くそのほとんどは自殺です。財布や携帯電話などを持っていないケースが大半で、身元が判明するのはごくわずかです。
長年、身元のわからない遺体と向き合ってきた身元不明相談室の後藤修一警部補は「多くの身元不明遺体は持ち物が非常に少ないか全くない状態で見つかります。その中で、亡くなった人が残したわずかな手がかりを見つけて、遺族のもとに帰すことを目指していますが非常に厳しいです」と難しさを打ち明けました。

ある女性の身元特定に密着
私たちが取材に入った時、数か月にわたって、身元が特定できていないある女性がいました。女性は、去年11月、都内の駅で、電車に飛び込んで自殺。

見た目や服装から50代から70代とみられましたが所持品は何もありませんでした。
相談室では、まず、広く情報提供を求めるために、遺体の写真や検視の情報などから似顔絵を作成しました。専門の捜査員がおよそ2時間かけて似顔絵を完成させたところ、遺体の写真ではわからない、生きていた時の女性の姿が浮かびあがってきました。

白髪を染め、化粧をきちとんとしていることからふだんから身なりに気を遣っている人ではないかと想像できました。
全国の行方不明者のデータと照合
身元不明相談室では、この女性と似ている人がいないか全国およそ8万人の行方不明者のデータとひとつひとつ照らし合わせていきます。
2か月余りさまざまな情報をたどった末、ようやく1人、気になる女性が見つかりました。相談室メンバー全員で、遺体の写真と似顔絵それに行方不明者の写真を見比べながら詳しく検討し、“さまざまな特徴が似ている”という判断に至りました。

このあと、専門の歯科医師に依頼し、遺体と行方不明者の歯型が一致するかどうか鑑定しました。医師たちがレントゲンの写真で歯の形や本数、歯並びなどを見比べたところ、特徴がいくつも重なり、遺体と行方不明者は同一人物だという鑑定結果が出たのです。
“身元不明の死”を選んだ女性とは
担当者は、女性が亡くなっていた都内の場所から200キロ近く離れたある町に向かいました。女性の行方不明届けを出していた人に事実を伝えるためです。
出迎えたのは、女性と一緒に暮らしていたという男性です。担当者は、女性とみられる遺体が都内で見つかったと説明したうえで似顔絵を見せましたが、男性は、似顔絵だけでは自分が捜している女性かどうか判断することができませんでした。
そこで、警視庁の担当者は遺体の写真を見せることにしました。しばらく写真をじっと見つめたあと「そうですね…」とつぶやいた男性。捜し続けていた女性がすでにみずから命を絶っていたことをなんとか受け止めようとしているようでした。

女性は、それまでみずから命を絶つようなそぶりは一切なく、行方不明になるその日までふだん通りに暮らしていたといいます。
しかし、突然、男性のもとから去り、身元を示す物を持たずにあえて自宅とは離れた場所で亡くなっていたのです。事実を知らされた男性は、「何も言わないまま急にいなくなって本当にさびしかったです。もっと何か言ってくれれば、話し合えたと思うのですが…。今はまだ頭の中が真っ白です」と涙ながらに話していました。
最期はひっそりと…増える“縁切り死”
今回の取材では他にも、家族や親しい友人などと“縁を切るように”亡くなっていたケースが数多くありました。
現代の家族の在り方について研究している中央大学の天田城介教授は「知人や友人がいたり、親族とやり取りしていたり、あるいはパートナーがいるなどしても、先行きに対する不安を抱えて最期で頼る相手が存在しないからこそ、誰にも迷惑をかけずに『最期だけはひっそりと亡くなりたい』と考えてしまう人たちが出てきている。現代社会を象徴するようなケースだ」と指摘しています。

いまも増え続ける「身元不明遺体」
私たちは「身元不明遺体が増え続けている」と最初に聞いた時、周囲との関係が希薄だったり家族などがいなかったりするいわゆる“無縁”の人たちが多くなっているからだと考えました。
しかし、取材してみると身元不明で見つかった遺体はけっして無縁の人だけではなく、実際には帰ってくることを信じて待つ家族や親しい友人がいるケースが多くあったのです。
亡くなった人の家族や親しい人たちの中には「最期に迷惑をかけられないと思わせてしまったのかもしれません」と話し、“縁を切るような死”を選ばせてしまったのではないかと思い悩む人もいました。
お互いが余裕がない状態で生きている中、自分が亡くなる時にまで周りに気を遣わなければならない時代になっているのでしょうか。また、本当の意味で頼れる人がいないということの表れなのでしょうか。増え続ける「身元不明遺体」は、今の社会の新たな課題を映し出していると感じました。
警視庁身元不明相談室
電話:03ー3592ー2440(平日午前8時30分~午後5時15分)
ホームページ
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