●時の経過と共に、あらためて日本を襲った災厄の大きさを考えざるを得ない。何十年もかけて築き上げた生活や財産を一気に失った人には、何と声をかけてよいものか・・・



●ちょうどこの時期 「幸せ指数・GNH」というGDPと対局にある価値観を、世界に広めた小国ブータンの挑戦 幸福立国という本を読んでいた。

●GDPに先立つGNP(国民総生産)は、米国の学者が概念をまとめたものだ。人々の活動を、主に経済価値創造の面から集計したものだが、ともすればこの数字が独り歩きして万能主義になり、国民の幸せをこの数値でハカリがちになっていた。世界はいまそう言う傾向を少し修正しつつある。

●例えば主婦の家事は、生活の質にとって非常に大切だが、市場を経由しない為GDPには反映されない。一方、今回の地震や津波での被害の復旧などで、交通渋滞が発生して、ガソリン使用料を増やすなどは、GDPの増加に寄与するが、足元の生活の質は落とす。さらには支払いの発生しないボランティア活動などは、直接GDPを増やすことにはならない。この尺度は人々の幸せ感や達成感を反映してないのだ。

被災者のために体を張るボランティアを、賞賛することさえあれ非難する人はいないだろう。人々の営みが、幸せかそうでないかは、GDPでは表せないのだ。

日本中の多くの人の善意や義侠心は、きっと震災地の被害者の支援に大きな影響を与えるだろう。人が自分は幸せか?と問われたとき、自分はどう考えられるのだろうか?

●被災者は突然に降り注いだ災厄に、自分は不幸と感じるかもしれない。一方 被災者を助けたいと思う人の心に灯された光明は、それをみて幸せと感じるかもしれない。

●GDP優先で戦後復興してきた多くの日本人にとって、今回の震災は被災地の方には失礼だが、日本人の有様を問われているのかもしれない。

●諸外国からは、日本人の地震後の冷静な対応について、民度が高く、教育が行き届いているという評価が多かったようだ。

9・11は米国の悲劇だったが、3.11は日本の悲劇の記念日だ。こんな時こそ、日本人は、自分にとっての幸せは何か?考えてみる必要がありそうだ。