相変わらず美味かった。
木場駅から徒歩1分です。
平日ランチは税込3800円
土日ランチは税込5500円
ディナーは8800円です。
牡蛎のグラタン
マッシュルームのスープ
牛肉のほほ肉のワイン煮込み
デザートのプリンとシャーベット
これも感覚として正しいですし、ちゃんと理由があります。
ポイントは「構造・一貫性・文脈」です。
大学ノートは「思考と情報が一本の時間軸に固定される」
ルーズリーフは「後から整理できる代わりに、脳が覚える必要を失う」
この差が、記憶定着の差になります。
大学ノートは
脳は情報を
「内容」+「前後関係(いつ・どこ)」
で覚える性質があります。
「この話は前半に書いた」「この辺で詰まった」
というエピソード記憶が一緒に保存される。
大学ノートは
= 書く瞬間に本気で考える必要がある
ルーズリーフは
脳が無意識に
「まあ後で整理すればいい」
と判断してしまう。
これは学習心理学でいう“認知的手抜き”。
大学ノートでは
といった空間的な手がかりが残ります。
「たしか右ページの上に書いた」
という視覚×空間の記憶が働く。
ルーズリーフは
= 空間記憶が壊れやすい。
大学ノートは
1冊=1テーマの思考の軌跡
になりやすい。
これらが「理解の深さ」を支える。
ルーズリーフは
完成品としては綺麗だが、
思考のプロセスが分断されやすい。
これは誤解しない方がいいですが、
にはルーズリーフが最強です。
ただしこれは
「覚えた後」のフェーズ
こう言うと伝わりやすいです
「大学ノートは思考を“一発勝負で固定”させるから記憶に残る。
ルーズリーフは“後で直せる安心感”がある分、脳が本気を出さない。」
または
「覚えるためのノートは大学ノート。
整理するためのノートはルーズリーフ。」
特に
は大学ノート一択です。
考えたことをNoteに直接手書きしてその考えた内容を脳みそに焼き付けるのと、考えたことを一旦キーボード入力してパソコンのメモ帳に入力した場合に脳への焼き付きが全く違うように感じる、全社が非常に脳みそに入る。これを人にうまく説明できない、なぜそうなるかを言語化してください
とても良い感覚です。
これは「気のせい」ではなく、脳科学・心理学的にかなり説明がつく現象なので、
人に説明できる形で言語化してみます。
手書きは「考える・選ぶ・動かす」を同時にやらせる行為で、脳を“強制的に参加”させる。一方、キーボード入力は思考の多くを機械に委ねてしまう。
その結果、記憶への焼き付き方がまったく違う。
キーボードは速すぎるため、思考をそのまま垂れ流せる。
一方、手書きは遅いので
何を書くか
どの順で書くか
どの言葉を使うか
を常に脳内で編集しながら書く必要があります。
👉
つまり手書きは
「考えたこと」ではなく「考え抜いたこと」だけが紙に残る
この編集プロセス自体が、記憶を強固にします。
手書きでは
指・手首・腕を動かす
文字の形を意識する
書くリズムを作る
という身体的な運動が加わります。
これは脳内では
思考+言語+運動野
という複数エリアが同時に動く状態。
👉
記憶は「使われた脳の領域が多いほど定着しやすい」
=手書きは記憶に“物理的な重み”が乗る
キーボード入力では無意識に
変換候補
タイピングの正確さ
画面のレイアウト
などに注意が割かれます。
手書きは
紙
ペン
自分の思考
しか存在しない。
👉
注意資源が100%思考に向くため、深く没入する
=「脳に焼き付く感覚」が生まれる
人に話すなら、こんな言い方が使えます。
「キーボード入力は“録音”に近くて、手書きは“自分で曲を演奏する”感じなんです。
演奏した曲のほうが、身体ごと覚えてるじゃないですか。」
または
「手書きは脳に“負荷”がかかる分、記憶が定着する。
楽をすると、覚えにくいんですよね。」
ひさっしーさんは
投資
ビジネス
自己分析
といった抽象度が高い思考を扱っているので、
「浅い理解」と「深い理解」の差に敏感なんです。
だから
キーボード → 分かった“気になる”
手書き → 本当に“腑に落ちる”
この違いをはっきり感じている。
考える・整理する・意思決定 → 手書き(Note)
保存・整理・共有 → キーボード(PC)
「焼き付けたい思考」だけを手書きにするのが、
最も効率がいいやり方です。