担当してくれる弁護士の所へ母親と共に相談に
訪ね、
離婚調停に必要な書類を徹夜しながら
全て用意した


息子に合わせて欲しいとダンナの実家へ行くも
「あんたに合わせる必要はもうありませんので
あとは弁護士に言ってください。」

何度行っても同じ事の繰り返しだった。

その頃、私はろくにご飯も食べれず1ヶ月で8キロ
も体重が落ちた。

新居も三分の二は私の所有になっているにも関わらず
洋服を取りに行きたくても家に入れてもらえない状況が
続いた。

新居に行っても張り紙がしてあり、「立ち入り禁止、無断で
入るな。」とダンナの父親の名前と住所が書いてあった。


ダンナの父親から「全て荷物は外にだしておくからな。」と
もの凄い剣幕で電話がかかってきた。

慌てて弁護士に連絡し、相手側の弁護士と話し合った結果
張り紙や電話での連絡もしない事とし、調停ですぐに家へ
入って荷物を取れるように日程を決めた。


しばらくしてから弁護士と一緒にダンナが立会いの下
荷物も取りに家に入れることができた。

なにせ、新居を追い出されてから洋服や下着やら
サンダル1つで出されたもんだから。。。

ダンナに荷物は全て和室に片付けてあると言われ入って
いくと、そこにはまるでゴミのように洋服やらタンスやら
私の両親が初孫にって買ってくれた初節句の兜も6畳の
和室に詰め込まれていた。

愕然とした。

一緒に立ち会った弁護士もこれにはびっくりして証拠にって
写真を撮ったりしていた。
その姿をみてダンナが慌てて「何撮ってるんですか?それを
何に使うんですか?」って慌ててた。

私と妹と弁護士と3人で取りあえず必要な荷物だけ車に積んで
急いで新居を後にした。

それから・・・


調停で何度も息子に合わせて欲しいとお願いして
やっと合えたのは調停が始まって半年過ぎた頃
だった。

弁護士立会いの下、ダンナの実家にて面会出来た。
しかし息子は私を見るなり泣き始めた。息子はすぐに
ダンナの元に走り寄っていった。

作ってきたイチゴのサンドウィッチ・・・。

食べてもらえなかった。





その翌日、私の両親はダンナの実家へ呼ばれた。
私も同席するはずだったが気が動転してしまい
体調が悪くなり家で横になっていた。

ダンナと父親、母親は黒の喪服をきて現れこう
話し出した。

朝食も作らない、ごみ出しもしない、子供の面倒も
ろくに見ない、sexもしない、話のマナーも知らない
などなど・・・永遠とありもしないことを次から次へと
私の事を事細かくダンナの父親は私の両親へ言った。

両親は気が動転し何も言えなかったけど、父親が最後に
「娘をこんな事にさせたのは父親であるあなたの責任
ですよ。」って言ってくれた。

そしてダンナと父親と母親は「これからは弁護士を通して
頂くようになりますから。」

そして、お互い弁護士を立て離婚へと進んで行く事になった。

実家へ戻り、1週間が過ぎ息子の誕生日の
前夜、ケーキを囲んでお祝いをした。

息子は初めて目にするケーキをジッと見つめ
時折、嬉しそうな表情を見せた。

翌朝、息子の1歳のお誕生日。
ダンナが私と息子を迎えにきた。

そのダンナの手には何故か息子の写真が
収められたアルバムを手にしていた。
それを母親に渡し、車で家へ戻った。

ダンナは家へ着くなり、ダンナの実家へ
電話をし「帰ってきた」と父親と話した。

ダンナの父親が私に電話を変わって欲しい
と言っているので変わると・・・
「だから最初から気に入らなかったんだ。この
女はやっていることが子供で話にもならん。
今すぐ出ていけ。」
もの凄い剣幕だった。

その電話が終わった後、ダンナは息子を
私から奪い抱きかかえこう言った。

「今すぐ荷物をまとめて出て行け。君の両親には
すぐに迎えに来るよう電話した。あと今君が乗ってる
車も親父が買ってあげたものだから鍵はもらったよ」

私は息子を抱かせてって何度もお願いしたけど
力が強くて奪い返せなかった。

私の両親が慌てて迎えに来た。

ダンナは息子を連れて何処かへ逃げていってしまった。