内容はニコ動にあげているのと一緒なので、まああんまり代わり映えしませんが、
よろしかったらどうぞ。
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朝から雨は降り続いていた。低く垂れ込めた黒い雲から、無数の水玉が地上を濡らしていた。
男はそんな外の様子が気になって仕方がない。帰る頃には上がっているだろうか…等という事ではなく、今いる場所には、雨というものが凄くいらないものだからだ。
「後の片付け、やっておきますよ」
男はグラスの曇りを布巾で拭きながら、テーブルを面倒な様子で床をモップで掃除していた女に声を掛ける。女もその言葉を待っていたかのように、早々にモップを放り投げた。床に倒れた柄が乾いた音を立てた。
女は『後、よろしく』という意味なのか、少しだけ微笑んで控え室へと消えていった。男は溜め息を一つ吐いて、モップを拾い上げる。
(雨、まだ降るのか…)
男は入り口の重厚な木の扉に目をやる。古い雑居ビルの地下なので、雨が階段を伝って降りてきて、店内が水浸しになるのが嫌なのだ。この店に来てから3日目で水の溜まった店内の大掃除をやらされたのが、今でも嫌な思い出なのだ。
男は綺麗にカウンターに並べられた瓶の中からこの店でも値段の高いウイスキーのボトルを手に取った。常連客のキープだが、どうせ、そいつも酔ってる時にしか店には来ないのだから、少しぐらい減ったって構いはしない。
栓を抜くと、男は先程まで拭いていたグラスに注ぐ。褐色の液体が満ちていく。
男はウイスキーに口を付ける。身体の中に熱いものが流れ込んでいく。熱い息を吐き出した。
男はスツールに腰掛けると、もう一度グラスに口を付けた。今日はこの雨のせいで店も閑散としていて、一日暇を持て余していたので、労働の対価、という訳にもいかないが、まあ少しぐらいは常連の金持ちたちのおこぼれを貰ってもペナルティはないだろう、と男は自分に言い訳をしていた。
琥珀の液体が半分に減ったグラスをカウンターに置く。グラスから視線を上げると、カウンターの奥にある大きな鏡の中の自分と目が合った。
(相変わらずひでぇ顔してやがるな…)
男は鏡の中の自分に呟いていた。痩せ細った顎に、手入れもろくにしていない髪の毛、そして、右の頬にある深く長い傷跡。
男はその傷に右手の中指を当てる。そして傷に沿って指を動かす。男はこの傷が出来た理由を思い出して、誰も見ていないのに苦笑いをしてみせる。
(あんなことしてなきゃ、今はどうなってたんだろうな…)
男は頭をかきむしり、昔の事を思い出す。あの時へまさえしなければ、今頃はこんな薄暗い地下で自分に向けて嘲笑をすることもなかったかも知れない、そんなことを思っても馬鹿な考えだと思ったのか、グラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干すと、店の片付けもそのままに、サロンエプロンを外して店の外に出た。思ったとおり雨は地下に流れ込んできていた。鍵も掛けずに店を空ければ、明日の朝は間違いなく床は水浸しだ。男はその光景を思うと、申し訳ない気分にもなるのだが、よく考えれば誰に対して申し訳ないのかが、解らなくなってしまい考えるのを辞めた。
夜明けまではまだ時間がある。深夜の街並みは光を失って影しか存在しないような錯覚に囚われる。
だが、と男は思う。影だけが現れることは有り得ない。光があるから影も混在する。
(そして、俺は影…か…)
男は遠くに見えるビルの赤い光を眺めながら、まだ暗い街を歩いた。雨は随分と弱くなっていたが、まだ止まない。シャツに雨が染み込んでいった。男はその冷たさを心地よく感じた。ストレートで飲んだウイスキーが身体を熱くしていたようだ。
突然、強い風が男に吹き付ける。ビルの隙間を舞った強烈な風。男は一瞬よろけそうになり、身体を低く屈める。目を瞑り風が通り過ぎるのをじっと耐える。ほんの数秒。でも、男には長い時間に感じた。
(影ある人間は吹き飛べ、ってか…)
男は自分の境遇と今の状況を重ね合わせてみて、苦笑した。
「こんなこと考えてるようじゃ、光なんて浴びれそうにないな…」
男は独り呟くと、遠くのビルの隙間から徐々に明るくなってくる空を見上げた。さっきまで降っていた雨は止んでいた。西の空には、黒い雲の隙間から深い青色の空が見えていた。