「･･････したよ。日本人だって」
すばる2010年06月号　木村紅美『黒うさぎたちのソウル』
117ページ

木村紅美（きむらくみ）は1976年兵庫県生まれの作家。2008年
に発表した『月食の日』が芥川賞候補となった。文芸誌に作品を
多く寄せている。単行本が数冊出ているが、まだ文庫化されてい
ない。

「ひどいこと？･･････暴行、したのは、アメリカの男だけじゃな
いの？」
声をひそめて訊き返す。鼓動が速くなって、コンタクトレンズを
つけているのに視界が霞んでくる。
「･･････したよ。日本人だって」
（117ページ）

麻利は沖縄出身で、奈保子は奄美大島出身だ。二人は親友であり
ロックという共通の趣味を持ち、同じような島国のコンプレック
スを抱えている。

2003年夏、二人は高校3年生である。物語は、二人は奄美大島と
沖縄とで、島としてどちらが「上」か競っているシーンで始まる。

「黒人かぁ。奄美の人ってね、むかし、薩摩の代官に、砂糖を作
るための家畜だなんて言われてたんだよ。牛とか馬みたいにこき
使われて、売買もされて。そんな苦しみや悲しみから生まれた唄
が多いの。案外、似ているかもね」
（120ページ）

ビリー・ホリディの『ストレンジフルーツ』の内容を敬太に教え
てもらったあとの奈保子の反応である。
順番が逆になったが117ページの引用は、麻利がオバァに太平洋
戦争中に起きた悲劇について話を聞く場面である。

このあいだ、私には、もしも民謡をどうしても好きになれないん
なら、止めて、ロックだろうが歌謡曲だろうが、何でも、他に好
きな音楽を、これからは自由にやればいい、って言ってくれた。
（125ページ）

奈保子は高校生であり奄美民謡歌手でコンクール入賞者である。
末期ガンで苦しむ奈保子のじいちゃんは、民謡をロックアレンジ
で歌う彼女を最後に「自由にやれ」と認めてくれる。

形はどうあれ、その人間の背景や魂は先代から次の世代へ伝承さ
れて生き続ける。ロックの原型はリズム＆ブルースである。そし
て常にソウル・ミュージックの影響を受け変化している。

『白雲節』は、オバァがいちばん好きだった沖縄の唄だ。（中略）
「遠くはなればなれになった恋人が、白い雲みたいに見えるあの
島にいて、もしも羽があったら、飛んで会いに行きたい、ってい
う唄だよ」
「ふぅん。･･････なんだか、奄美の『行きゅんにゃ加那』に似て
いるかも。やっぱり、恋人との別れの唄だよ。私を忘れて行って
しまわないで、いや、あなたと別れて行くのは辛いのです、って
いう」（127ページ）

麻利と奈保子は二つの島に共通のソウルミュージックを発見する。
感動的な場面である。しかしあえてさらっと書いているのは著者
の思い入れの強さの反映だろうか。

元ちとせの『ワダツミの木』を最初に聞いたのは2002年3月ごろ
だったと思う。スカパー！の音楽チャンネルでＰＶで聞いた（見
た）時の衝撃は忘れられない。「これは一体何だろう？」　

私は「元ちとせ」という名前をネットで検索し、奄美大島出身の
民謡歌手であることを知った。『ワダツミの木』はこぶしを効か
せた民謡風の謡いを、ややレゲエの入った黒人系の音に乗せた曲
である。今までまったく聞いたことのないものだった。「これは
完全にロックだ」と思った。

CD店に直行したがシングル曲以外はインディーズCDが2枚出て
いるだけであった。私はそれを2枚とも買い、何度も聞いた。この
CDは残念ながら現在入手困難のようだが、5月26日に再発される
ようである。

私はあまり邦楽を好んで聞かないのだが、2002年頃はスカパー！
の番組のおかげでいろいろ聞いていた。Dragon Ashを中心にした
RAP音楽が全盛になっていた。宇多田ヒカルは「travelling」「光」
と立て続けにものすごい作品を出していた。「彼女はどこまで行っ
てしまうのだろうか？」と思った。

ケツメイシはアメリカのラップ音楽の模倣ではない、モンスーン
的湿気とウエットな「情」を巧みに取り入れた和製RAPをすでに
完成させていた。「手紙～未来」「トモダチ」は傑作だと思う。

今はほとんど聞いていない。だからどんな曲が流行っているのか
も知らない。洋楽も最近のものはほとんど聞いていないのだ。

話が脱線したが、木村紅美の小説は元ちとせのことが書いてある
のかと思ったが違った。違ったがその認識でいいのだと知った。

民謡と現代音楽を融合させた元ちとせの功績は大きいし、その伝
承者が次々と育ち現れることは素晴らしいことだと思う。ソウル
の共有と伝承。多くの島で暮らす人たちに共通するフィクション
であり、ノンフィクションであると思った。不幸にして現在はノ
ンフィクションとして認識せざるを得ない状況である。

すばる 2010年 06月号 [雑誌]/著者不明

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何でも、他に好きな音楽を、これからは自由にやればいいーー『黒うさぎたちのソウル』