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「ホロヴィッツとの対話」


作・演出:三谷幸喜


出演:渡辺謙/段田安則/和久井映見/高泉淳子



「神に選ばれた天才と神に雇われた職人」。
天才ピアニスト・ホロヴィッツと、ピアノ調律師のフランツ。
彼らとその妻達の、ある一夜の物語。


3月20日、14:00の回で観て来ました。
いやぁ、BRAVA!の二階席、なんて見やすいんだ!(←オリックスが相当酷かったらしい)
前の方が思い切り前のめりになっても、視界の妨げにならないとか、最高。



それはそれとして、お芝居のほうも大変面白かったです。
三谷幸喜、海外芸術家シリーズ三本目と言われております本作。
前二作「コンフィダント・絆」「国民の映画」共に傑作だったのですが、今作も素晴らしい。
そして、三谷作品では久々ではないかな?と思うんですけど、(やや切なさは残れど)笑顔で劇場を去ることが出来る作品でした。

気難しく神経質で我儘な、でも天才的なピアノの腕を持つホロヴィッツ(段田さん)。

彼をたしなめながらもセレブ特有の傲慢を覗かせながらフランツ夫妻に駄目出しするその妻・ワンダ(高泉さん)。


彼らを夕食に招いたはいいけど、そんな夫妻に振り回されるフランツ・モア夫妻。

次第にいら立ちを隠せなくなっていくエリザベス(和久井さん)。

妻をたしなめつつ、ホロヴィッツ夫妻の機嫌も取りつつてんてこ舞いのフランツ(謙さん)。



そんな彼らが繰り広げるドタバタに爆笑しながらも、やがて観客に明かされる哀しい事実。

これ、知った上でもう一回観たいなぁ。

あのシーンとかこの台詞とか、きっと違った見方になる。



始めのほう、正直やや退屈だったのですけど、そういや三谷さんはスロースターターだった。
物語が進むにつれ、ホロヴィッツのキャラがどんどんツボにハマって来て。

段田さんが、凄い。
ただでさえ抜群に上手い人に、あんなキャラ与えちゃ反則でしょう。

ぶっ飛んだすっトボケが、最高。
奥さん役の高泉さんが、また達者で、この夫婦のやり取りが面白すぎる。

冒頭、それぞれの家での夫婦2人の会話では、役柄上&ややカミカミだったせいでちょっと若く、浮足立ってる印象を受けたフランツ夫妻。

その直後、ホロヴィッツ夫妻がどっしり地に足付けた円熟味ある演技で貫録を見せつけてくれて、参った。

ハジけどころでも、謙さん&和久井さんをぶっちぎる勢いで段田さん&高泉さんが飛ばしてました。


自身の技量に加え、三谷さんから美味しい役を貰って水を得た魚の如き生粋の舞台役者2人。

こんな2人を敵?に回して、主に振り回され役のフランツを、喰われないように演じられるのは多分渡辺謙くらいでしょう。

外人役がちっとも違和感無い堂々たる雰囲気、品と存在感、そして演技力。

終盤の独白が素晴らしかった。

思わず泣いてしまった。

やっぱり三谷作品で泣くんだよ、私…。

初舞台の和久井さんも、非常に可愛らしく、台詞も聞き取りやすくて、何より役にぴったり。

今回、キャスト4人のバランス凄く良かったなあ。



芸術家シリーズの前ニ作は、救いのないラストだったり哀しい結末だったり。

そのせいで心にトゲがグッサリ刺さったようで、見終わった後の余韻が大きかった。

だから衝撃度では、コンフィダント>>国民の映画>ホロヴィッツ、かな。
でも「好き!」って意味では、これも前二作に引けをとらない。

今作の台詞の数々が、刺さるトゲではなく、じんわりと湧きあがる温かさを胸にもたらしてくれたから。

何でもないような台詞なのに、なんであんなに、ぶわぁって、涙が出てしまうような感動が起こるんだろう。

単純に私のツボってのもあるけど、三谷さんの巧さを、痛感しました。



迷ってる方は、是非観に行って欲しい。

TVや映画の三谷作品しか知らない方も、是非足を運んでほしいなぁ。

そんな作品でした。

やっぱり大好き、三谷さん!



以下、もうちょっと内容に触れた、ネタバレ感想。













三谷作品お得意?の、それまで多少の緊張感がありつつも危うく保たれて来た均衡が、ひとつの行動や一言で崩れ去る展開。


気になってはいたんだよなぁ、冒頭のホロヴィッツ家の写真立てと、娘の話をした時に含みを持たせたフランツ夫妻の会話。
元々知識として知っていた方は別として、知らなくても察しのいい観客なら、途中で気付くかも。
我儘で子供っぽくて、いつもワンダに窘められていた側だったホロヴィッツのほうが、どちらかと言えばソニアの死を後悔と共に、冷静に客観的に受け止められていて。

ただの気難し屋のじいちゃんだと思っていたのになぁ。

ワンダのほうがまだ、受け入れられてないんだなぁ、って。

そう思うと、ホロヴィッツ夫妻への印象も、それを境に姿を変える。

切ないなぁ、なんて切ない。



そんな出来事の後で、娘を想って泣く妻を慰めようと、柄にもなくいろいろ頑張る(でもちょっとハズす)ホロヴィッツが可愛い(笑)

なんだかんだで息の合った言い夫婦だね。

靴で当てっこさせて「御見事!」とか、チョコ盗み食いの件とか、可笑しかったー。



何度でも言うけど、本当に段田ホロヴィッツが素晴らしかったです。


チョコを土産に持たせればつまみ食いする、前菜を出せばしつこく新鮮味を問いただす、匂いが気になる・部屋が乾燥して耐えられないと騒ぐ、パスタの太さが気に入らないと駄々をこねる…。
でも、フランツ達の不安を余所に「ピアノの音を不愉快に思ったことはない」と隣家の下手っぴなピアノを目を細めて聴く姿がいい。

そういうとこが憎めない、愛嬌ある可笑しさ。
動きや表情も緩急あって上手い。

薄められたエビアン飲んだ時の顔www

傘スルーされてダッシュするとこ爆笑したよ。

カテコでもあの歩き方貫いてた(笑)


謙さんのフランツは、そんなホロヴィッツを尊敬してるし気も使うし、ご機嫌を取ろうと必死なように見えるけど、決して媚び諂うことはしない。

「神に雇われた職人」の「神」とは本物の神様のことで、ホロヴィッツのことではないから。

彼が仕えるのは神様だけだから、ホロヴィッツのイエスマンじゃないし、彼に乗っかって別のピアニストを悪口は言ったりしない。
ホロヴィッツも分かってるんだろうなぁ、フランツが、そういう人間だって。
だから、そこだけは無理を通そうとしないの。

まあ他では言いたい放題だけど。

そしてフランツも、一回口に出しちゃってたけど、基本「このクソジジイ!」って思ってるんだろうけど(笑)



そんな2人の絆が表れたやり取り。


「船が沈没して、どちらか一方しか救命ボートに乗れないとしたら、どうする?」


ホロヴィッツの問いかけに対する、フランツの答え。

謙さんの素晴らしい独白に続き、ここでもぽろぽろっと泣いてしまった。


自分もあなたも乗せない、別の人間に乗ってもらう。

自分が調律したピアノ無しに、あなたがどうやって生きていくんですか、なんて。


互いにどれだけの積み重ねと自信、尊敬と信頼の念があれば、この答えが成り立つんだろうって。


あと、フランツに頼まれてしぶしぶ受けた電話での「バッハを聴くといい」って助言も、何でだかぐっときたなぁ。



和久井さんの可愛らしい不機嫌さ、模様替えシーンの高泉さんのはじけっぷり、そして時折芝居にも絡む荻野さんの素晴らしい伴奏、どれもこれも見事。


そして悲しい事実に触れた心を癒してくれる、明るく優しいラスト。


衝撃度は、前二作のが上。
でも、この作品も大好きです。

三谷さんは、無理に言語の壁を意識した作品を1から作って海外を目指さなくても、この芸術家三部作を引っさげて行けば良いんじゃないかと思う。