子どもの頃は他人を羨む事がなかった。


自分の事を知的障害と思っていたけど、


難しい事をしなければいいと思ったし、


両親の稼ぎは良くて不自由なかったし、


男子にモテたので結婚できると思った。





初めて人を羨んだのは中学1年生の時。


ひとつ年上の先輩が油絵を習っていた。


同じ運動部のその先輩は絵で休むのだ。


育った環境も芸術家一家に生まれてる。


あれは今思い出しても羨ましくなるが、


わたしも中学2年生から絵を習う事に。



絵の教室の一人娘の事も羨ましかった。


両親共に美大出身で本人は女子美中学。


公立中学に通う自分の事が惨めだった。


でも高校まで通ってるうちに気付いた。


絵の教室も経済的に余裕がないのだと。


一人娘は何にも良くないと言っていた。


本当は留学に行きたいんだと嘆いてた。


向こうは金がある事を羨ましがってる。


だんだん絵より金が大事と思わされた。


自分軸ではなく他人軸で生きるように。


わたしは私立セレブ大学に通いながら


1年休学してニューヨークに留学した。



そこでも羨ましかったのは画家の卵達。


帰国してから美大に入り直そうとした。


大学に通いながら予備校に通ってたら、


浪人生にカッターの破片をジュースの


缶に入れられ飲んでから音で気付いた。


その日を最後に予備校をやめて鬱病に。


もう美大生を羨むのはやめようとした。


美大を卒業したって画家にはなれない。


予備校の先生方なんか芸大大学院まで


行っていても予備校の先生をしている。


三者面談ではウチの父親に腰低かった。


将来ああなりたくないなぁとも思った。



30まで鬱の時以外は水商売で稼いで


資産のある人と結婚して安泰と思った。


子供達を産んで絵本を読み聞かせたら


絵本作家が羨ましくなり仕方なかった。


手作り絵本講座を受けて3年も作った。


なんでこんなに羨ましいのか不思議だ。



時が経って今また羨ましい人がいない。


どういう人を羨ましく思えばいいのか?


羨ましい人がいれば目指せばいいのに、


目指しても無理か遅いと思ってるのか


本当に誰の事も羨ましいとは思わない。


もう自分の人生を諦めたとも言えるし、


自分の人生に満足しているとも言える。


可愛い子供達に恵まれたおかげと思う。



でもわたしはまだあと60迄10年は


子供達のために働きたいと思っている。


資産のある人と結婚したはしたけれど、


その資産は老後資金に考えていたから


今崩してしまうと今度は老後が心配だ。


だから精神障害者保健福祉手帳を得て


障害者雇用されてる人が羨ましいかも。


1か月半も経つのにまだ手帳が来ない。


来週の月曜に区役所に問い合わせよう。



手帳が手に入ったらたら60迄働いて、


60から100迄40年間絵を描こう。



(アンタの夫は暇なアンタが羨ましいわ指差し)