備忘。 | 日本中世史を楽しむ♪

日本中世史を楽しむ♪

―武士道と云は極道と見付たり。―

5月7日(火)
 原稿、やっとこ完成
 夜8時過ぎに、出版社にメール添付で送信

5月10日(金)
 朝カル新宿教室の5月・6月分レジュメ、やっとこ完成。
 夜9時半に、担当さんにメール添付で送信。

5月11日(土)
 先輩の著書出版のコトで、先輩・出版社社長・ワシ(仲介役)で、会議。
 朝11時から汐入(横須賀)の駅前ビルに入ってるファミレス(ステーキ屋)に集合。
 八王子からだと、横浜戦で横浜に出て、京急に乗り換えて、早くて1時間40分くらい(帰りも同じ)。
 仕事の話は、あっさり終わり、後は寅さんやゴジラの話で盛り上がってた。

 この日、義理のオヤジさん(嫁の父)が、車の保険で前代未聞の珍事(嫁曰く「至愚之又至愚也」by『御堂関白記』)をやらかしてくれてたことが発覚(〝親爺の禍〟勃発)。

5月14日(火)
 午後1時~2時半で、新宿朝カル5月講座。
 終わってから、同じビルのコーヒー屋で、講座に来てくれた中世内乱研究会構成員(今月は2人)とくっちゃべったのは、例の如し。

 八王子に帰って、午後6時に駅ビルで仕事帰りの嫁と待ち合わせして、「ほけんの窓口」に行く。

5月15日(水)
 家からバス乗って、駅前に行き、午後6時に(以下、昨日に同じ)。

5月16日(木)
 嫁は今日も仕事帰り、午後6時に「ほけんの窓口」に行く。。

5月18日(土)
 嫁もワシも精神的にも肉体的にも疲労困憊なので、10時から近所の針灸院に行く。

 そして、午後2時に、今日も嫁と「ほけんの窓口」に行った。
 担当してくれた人が、ひじょーに 優秀で、本日契約完了。〝親爺の禍〟鎮圧。

5月19日(日)
 5時半起床で、嫁と金沢文庫へ(横浜で横浜線から京急に乗り換え)。
 9時に、金沢文庫駅改札前で中世内乱研究会構成員1名と待ち合わせて、神奈川県立金沢文庫に行き、小特集展示「金沢文庫の史料にみる中先代の乱」を見学。

 東神奈川で、横浜線快速に乗り換えたら、なんと 同じ車両に、岡山からやって来た内乱研構成員も乗って来た。

 八王子に帰って、夢庵に行き、4人で昼メシ。
 家に着いて、嫁はほぼトンボ帰りで、もう1人の構成員を迎えに、駅へ。
 嫁が構成員連れて帰るまで、残り3名は元弘3年(1333)2月21日付「護良親王令旨」(大山寺文書。原本写真コピー)を読んでた。

 午後2時から、中世内乱研究会5月例会。
 参加者:総裁・会長・構成員3名
 『吾妻鏡』寛喜2年(1230)6月14日条を途中まで読んだ(残りは来月)。

 休憩挟んで、5時半頃に終了。
 嫁は、構成員3人を駅まで車で送って行き、ワシャ、後片付け。

 嫁戻って、風呂入って、バタッ と寝た。


 つーわけで、原稿送った後も忙しいコト甚だしく、又、くたびれてしまい、今日まで、ブログ書けなかったのであった。