朝散歩
空は澄み渡り、西山もよく見える。気温13.1℃、北西の風2.9m/s、まだヒンヤリする。田んぼに耕した後で草が伸びたところに、水たまりができた、そこへ「カルガモ」が来て、羽に頭を突っ込んで休んでいたが、気配で起きた。用水には2羽の「カモ」が散策中、上空にはコサギが1羽飛び去った。夕方には、ツバメもよく見る季節になった。野草は、殆どは除草剤にしおれているが、残されたところ、まだ「オオイニノフグリ」が元気、「オオジシバリ」は群生、今一番の威勢。
夕方の散歩
公園に歩いて散歩に出かけた。往復7000歩余りだった。でもさすがに長く感じる、連れ合いが元気なころ良く出かけたところだが、出店が出て賑やかだが、あんがお客は少ない。「ヒトツバタコ」が咲いていた。帰りに「ケリ」を見つけた。
DVD「トラ・トラ・トラ」あらすじ
ネット映画COM、ストーリー:「1939年9月1日、山本五十六中将(山村聡)の連合艦隊司令長官の就任式が、瀬戸内海に停泊中の、「長門」艦上でおこなわれた。それから1週間とたたないうちに、時の首相近衛公爵(千田是也)が閣議を開き、アメリカの日本に対する経済封鎖を討議し、それに対して陸相東条英機(内田朝雄)は、アメリカへの攻撃を進言。41年1月24日、ワシントンの海軍情報部は日本の暗号無電を解読し、事態の容易ならないことを察知した。そして、ルーズベルト大統領は新たにキンメル提督(マーティン・バルサム)を太平洋艦隊司令長官に任命、日本の動勢に備えようとした。41年2月、山本長官は第1航空隊の大西参謀(安部徹)から真珠湾攻撃の参考意見を聞き、空母「赤城」の名パイロット源田中佐(三橋達也)の名を知った。そのころ真珠湾では、航空隊のベリンジャー中将(エドモン・ライアン)が、キンメルに日本の真珠湾攻撃の可能性を説いていた。41年4月24日、野村駐米大使(島田正吾)はハル国務長官(ジョージ・マクレディ)と、緊迫した両国の関係を打開しようとしたが、ハルゼイ中将(ジェームズ・ウィットモア)等、海軍側の強硬意見にあい、実を結ばなかった。やがて両国間の通商条約は破棄され、スターク海軍作戦部長(エドワード・アンドリュース)は、ハワイを非常時態勢下においた。そのハワイでは、日本のスパイ吉川猛夫(マコ)が、情報収集のため暗躍していた。41年10月、東条英機が陸相兼首相となり、軍部の権力は頂点に達した。一方、アメリカ側の情報部は、真珠湾攻撃の決行日を想定し、スチムソン陸軍長官(ジョセフ・コットン)は大統領にそれを伝えることを約し、またマーシャル大将(キース・アンデス)もハワイのショート将軍(ジェイソン・ロバーズ)やキンメル提督に、警告を発していた。12月2日、ハワイへ向け進航中の、南雲司令官(東野英治郎)の第一航空艦隊は、山本長官から「ニイタカヤマノボレ」という暗号を電受した。いよいよ真珠湾攻撃の時が来た。12月7日、東郷外相(野々村潔)は駐日大使の天皇拝謁を助け、局面打開を求めたが、道はすでにふさがれていた。翌12月8日未明、遂に南雲中将の率いる機動部隊は、オアフ島北方から真珠湾に迫り、午前7時57分、淵田少佐(田村高広)を先頭とする戦隊が、空から敵地へ突っこんで行った。真珠湾攻撃は見事な成功をおさめ、「赤城」からは、作戦成功を伝える暗号が打電されていた。「トラ・トラ・トラ!」
この愚かな行動で、太平洋戦争は大きく広がり、多くの兵士国民が犠牲にあった。なぜやったのか、長岡の山本さんは、戦争にあくまで反対していたと、聞かされていた、でもこの映画では、その様子は見えない。いずれにせよ今戦争前夜の様子を示してきた「この時期こそ、こういう映画を見ておきたい、だれが戦争を始め、だれが犠牲になったかを」
きょうの徒歩数は10408歩でした。
