昨日、ジョン・トラボルタが主演の
Michaelという1996年の映画を見ました。

1996年といえば、なんと、18年も前だ。。。ふえええ。。
しかし、まったく古さを感じさせない映画でした。アメリカの田舎がほとんどの舞台ですが、今も昔もアメリカの田舎って変わっていないそうです。
アメリカって新しいものもたくさんあるけど、古いものがそのまま、変わらずに残っているし、それは、日本人の私たちも同じこと。
私は、東京で生まれて、ずっと東京だから、世界の中でもスピードの速い街で暮らしている。そうすると、変化することをいつも要求されている気がするし、それが、普通なものだと思っている。
が、
人間って、そんなに早く変容はできないし、子どもの頃とか、一番成長するときに得た感覚というものに安心感を持って、いつも、そこから世界を眺めているような気がする。
私は、自分でも驚くけど、アメリカ本土に行ったことがない。トランジットで通過しただけ。
なのに、私はとてもアメリカナイズされていて、なぜか安心してしまうところがあるらしい。これは、Steveを通して感じたこと。
そういえば、中学、高校生の時は、刑事スタスキー&ハッチが大好きで、アメリカのファンクラブに入っていて、毎月だったか、ファンの小冊子が送られてきてた。そのくらいの英語力では、とても読めなかったんだけど、なんか、その刑事ドラマの価値感が大好きで、しかも、2ヶ国語放送だったので、録画しては、英語で見てた。コンサートも見に行った。
そういう意味では、私は、自分で好んでアメリカの世界に浸っていたわけだ。
しかし、なんで、アメリカに行かなかったか?父が反対してたらしく、私は、留学しなかった。
それに、別に国としてのアメリカは好きではなくて、なんていうか、感覚が好きだったので、国に行くことには、興味がなかったわけだ。
それより、ブラジルに行きたかったなんて、よくわからない私の感覚だ。
ま、そんな話はいいとして。
Michaelのような、バランスのいい映画が作られるアメリカは素敵だと思う。天使のでてくる映画なのだけれど、全然特別じゃない人間みたいな天使。
日常に、ちょっとだけ異質なものが、入り込み、自分達の生活や考え方をちょっと見直すというような手法は、とても、質がよくないと作品としてまとまらない一番難しいものでもあると思う。
偏見ではあるけれど、アメリカ人って、ものすごく大雑把なくせに、繊細でもある。
Michaelのテーマは、クリスマス・キャロルがベースになっているのではないかと思ったりする。クリスマスの映画だしね。
バランスというか、塩梅というかは、難しいが、どこかにこれだというポイントがあるはずだ。
しかし、ジョン・トラボルタはいい俳優だなあ。実際の性格は、壊れていそうな気がするけど。大好きな俳優だ。
