続けること | 流血ピアニストは歌う!!

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オールアバウトミュージックな暴露話



no music no life

中学受験をするために、小学校の高学年で塾に行っていた。私の年代では、あまり多くなかったかもしれない。同級生は誰もいってなかったから。

高校で受験するのが、どうしてもいやで、中学受験を選んだのだけど。

その時に、しきりに言われたのが、継続は力なりとか努力をしようとか。私は、そういう言葉になぜかめちゃくちゃ拒否反応を示す。声高に言われると、反対に行きたくなる。へそ曲がりだ。

しかしながら、大人になった私は、継続ということは本当に大切なことだと思う。しかも、目標を掲げての継続ではなく、ただ、継続するということに価値があるように思う。

人は、目標を設定する。そうしないとモチベーションがあがらないのも事実だ。私も、音楽で生きていきたくて、子供の頃から、努力し、それを継続してきたともいえる。

しかし、今、私が目標という言葉から連想するのは、形あるものを得ることが目標だということ。本来の目標はそういう意味ではないかもしれない。

でも、今の私の周りの環境は、というか、今の世の中は、それを連想させる。

しかし、継続がもたらすものは、形あるものばかりではない。目に見える形ではなく、むしろ、目には見えない、触ることもできない、ある意味、感覚的な何かだ。

日曜日のライブパーティのために、レッスンが立て込んだ一日。最後のレッスンで、弾き語りをする生徒がいた。ちょっとのりが難しい曲で、前回の2週間前のレッスンでは、苦戦していた。今日のレッスンでは、目を見張るほどうまくなってい。

その彼は、今日、帰りがけに、12月末には出るのをやめようと思っていた。でも、最近は、毎朝30分くらい練習しているんですよ。残業が多いから、朝しかできなくて、でも、続けていると、鍵盤を軽やかに弾くことができるようになってきたんですよね。この曲は軽やかに弾きたい曲だから。といって、晴れやかな笑顔で部屋を出て行った。

継続はもたらすものは、そういうものなのだと感じた。

もちろん、そのライブパーティがあるから、彼はそれを目標として、練習を日課にしたに違いない。目標は人前で演奏するという形あるものかもしれない。しかし、音楽だから、時とともに、消えてしまう形のようなものということになる。

彼の晴れやかな笑顔は、継続がもたらしたものだ。晴れやかな笑顔は、私を満たしてくれる。寒い冬の夜も、心の温かさをくれる。温かさは感覚的なものだ。温かいという形はない。でも、確かにある。

私は、好きでない努力と継続を続けてきた理由はそれの感覚を得たかったからなのだろうか?音楽で生きて生きたいと思ってから、今まで、十方もない時間が経っている。その間、休んでいた時間もある。でも、結局戻ってきた。続けるために。

音楽以外に趣味もないくらいになってしまっても、続けている。形ある目標があるわけではないのだ、実は。ほんとうは、ただただ続けている。