2011年も終わろうとしいる。去年の今頃はどんなことを書いていたかというと、自分は何ができるのかを、スクールで教えていることを通して、書き記していた。どこかに書いておかなければならなかったから、ブログという都合のいいツールを使っていたわけ。
私は、あまり、反省とか、抱負とか好きではないけど。振り返ることは、次のステップになることは知ってる。
で、今年はどんな年だったかというと、去年の何が出来るかを形にしていけた年だったと思う。誕生日の1月12日は、どうしてもブラジルにいなければならなかったし、それは、かなえることができた。それは、去年の1月に思いついた計画だったわけだけど。いや、計画ではなくて、ただ願って、ただ思った。それだけだったけど、それは、私には必然のこととして胸に刻まれていたのかもしれない。
願うということは、実現することの一歩だから。
私にとって、信じられないほど、ショッキングな国。今までいくつかの国に足を運んだが、あんなショックキングな気持ちになったことはない。すべてのことがミラクルという言葉で収まる。とはいえ、夢の素敵な国ではない。癒される国でもない。ただ、そこには、人間がいる。
その国にいると、ワイルドな偶然とダイナミックな奇跡が重なる。10年近く所在不明だった友人が11年もリオの隣の町に住んで、音楽で生きているいるなんて。現地にいってから知ことになる。しかも、出発のわずか3週間前に顔合わせして、一緒にブラジルに行くことになった女性が持っていた情報によって。
そして、ネットのSNSだけで友達にいたフランス人のサックスプレーヤーが、わざわざ飛行機にのって、リオまで私に会いに来てくれた。彼は、フランス語とポルトガル語しか話せないのに、その11年ぶりにあった私の友人は、フランス語も、ポルトガル語も、英語も話せる日本人で、彼女が通訳を買ってくれる。
どうして起こるかわからない偶然の連続。
3月11日からの10日間は、日本人の多くがそうだったように、苦しくどうにもならない自分に直面していた。無力感。
しかし、藁をもすがるということはある。
遠く離れたスペイン人の友人が、ほぼ毎日1-3時間、私とskypeで直接またはチャットで話しに付き合ってくれて、私を支えてくれた。自分を赤十字バルセロナと呼んでいた。彼とは英語だけで話すので、私はどれだけ自分の気持ちを伝えられたのかわからない。
しかし、私の嗚咽ともいえる言葉に彼は耳を傾けてくれた。彼の言う言葉は、私をほんとうに支えてくれた。さまざまな自分の弱さに気づかされてくれた。彼は、大学で数学を教える教授だから、きっと理論的なものの見方をするんだろう。だから、私を感情を思考へと導いてくれたのかもしれない。
その期間が終わると、約2年間絶縁状態だった今の仕事のパートナーから連絡が来る。いや、私からとったのかもしれない。2年間も彼のことは、許せなかったし、なぜそのようになったか理由もわからないと思ってた。
しかし、その2年は必要だった。
そして、今では、彼にいつも言われている。強く願えと。
私は自分の内側を知るために心理学を学びに学校に行く。いろんなセミナーに顔を出し、人々と自分を、そして、その関係を知ろうとする。
そんな時、ふと見かけたチラシがきっかけで、時々通うようになった英語の演劇のクラス。そこで、教えているアメリカ人とはすっかり友人になったし、仕事も一緒にしている。彼のクラスは、私の脳みそを書き交ぜる。人間のいとおしさを知る。
クリスマス。ブラジルで友達になっためっちゃ美人の友人から、神様にhiroyoと出会えたこと、友達になれたことを感謝しているのよ。とメールが来た。
まだまだたくさんの友人が私を助けてくれた。
それでも、私はよく死にたくなる。でも、考えてみて。人間はいつかは必ず死ぬ。
夕べ、久しぶりにみた私の古い古い友人のブログ。私の音楽性を作ったといってもいいほどの影響を与えてくれた人。彼も簡単ではない人生を生きていた、必死に生きていた。ひどく傷つき、きっとたくさんの涙を流したに違いない。
きっと彼のおかげで、長い音楽の道のりを歩いてこられたんだろう。そして、今のやんちゃな、そして、私を可愛がってくれるバンドメンバーとちょっとづつ、私の頭の中になり続けている音を形にできるようになってこれたんだろう。
そう。こんなに多くの友人達が、彼らのできることで、少しずつの私を支えてくれる。
大いなる感謝をしています。
少しずつの私で成り立っている、1人の私。
誰でも、昨日より今日。今日より明日、幸せになりたいと思っている。
と同時に、それが叶わない可能性も知っている。
それでも、時は止まることはない。
それでも、いくつも奇跡は起こる。
それでも、待っている。
それでも、願っている。
2011年と2012年の境目は、たった1秒。
でも、二度と戻れない。
2012年になったら、絶対に2011年には戻れない。
絶対に戻れない。