第6章 ~悲しい選択~
全校集会の中、テスが冴えない声で僕に声をかけてきた。
「最近、彼女からの手紙がこないんだよな……」
そういえば、最近、彼から代筆の以来がないことに気がついた。
「ジュヒさんから?なんで?」
そのわけは聞いている僕が一番知っている。知っているだけに心が痛い。
「俺は一人の女を愛する主義じゃなが、彼女のことは大切にしたいと思ってる」
僕はテスが本気で彼女のことを好きになっていることがわかったから複雑な心境だった。内心、穏やかではない。
テスはその日、ジュヒのもとへ花束を持っていくのだった。
「ジュヒさんこんにちは」テスは緊張しながらも
「僕はジュヒさんのことが大好きです。また手紙下さい」と花束を渡し、おでこにキスをして去っていった。
その夜、僕はジュヒを誘い二人で会った。手をつなぎ階段を駆け上がり、上に来たとき、僕は彼女にキスをした。彼女はキスを振りほどき
「息ができないわ」と言った。
その後、僕たちは階段に腰掛けて話し合った。
「テスのことを気にしているの。」僕は彼女の肩を抱き、自分のほうに寄せた。
「私は一体どうしたらいいの?ねぇ、教えて」彼女も僕の肩に頭を寄せた。
「テスはひどいやつだな」
「テスさんはやさしい人よ」彼女の声がさびしそうだった。
「やさしすぎるからひどいやつなんだ。テスは今も君の手紙を待っている」
「絶望的ね。私たちにはどうすることもできないもの……」
「絶望なんていうなよ。何かほうほうがあるはずだ」僕はもう一度彼女にキスしようとしたが、そっぽを向かれて拒否された。
「いいえ。私たちにはどうすることもできないもの。このままだと、みんながきずつくだけ……」彼女は僕に背を向けたままそういった。
「なんとかなるさ」僕は何の根拠もなくそういった。
「もうあなたには会わない。テスさんにも二度と会わない。私、本気よ。それしか解決の道はないの」
彼女の口調は強かった。その日はそれで彼女とわかれた。
次の日、テスと二人、校庭で寝そべりながら話をした。
「彼女、俺のこと好きじゃないような気がする。花束届けてキスまでしたのに反応なしだ……」テスの声はさびしそうだった。
僕は学校の帰りに彼女の家の前にある電柱のスイッチをつけたり消したりして彼女に会おうとしたが、彼女は全く反応しなかった。仕方ないので、僕は門の前に手紙を置いていった。
*太陽がほのかに海を照らす時僕は君を想う。かすかな月明かりが泉に浮かぶとき僕は君を想う* と書き残したメッセージに言葉以上の願いを込めて……。
その次の日は彼女に直接会うために彼女の学校の校門の前に雨の中、傘もささずに待っていた。彼女の傘のなかに入ると、彼女は
「これさして家に帰って。そのままじゃぬれるでしょ」傘を僕に渡して一人走って帰っていった。僕はもらった傘もささずに後を追い、また彼女の家の前にある電柱のスイッチをつけたり消したりするのだった。すると後ろから彼女が
「馬鹿みたい。雨なのに感電したいの。本当に大馬鹿よ」と泣きながら僕をすり抜けようとした。僕は彼女の腕をつかみ
「このまま別れたくない。少しでいいから話したい」なりふりかまわず必死になっていった。
「話したって無駄よ。私たちは別れるしかない。手を離してよ」彼女は怒って僕の手を振り払った。
しかし、その後また僕のいる場所に泣きながら歩いてきた。そのまま、彼女と僕は雨の中、ただただ肩を寄せ合うのだった……。
次の日、テスは僕に彼女が雨にぬれたせいで入院していることを教えてくれた。だが、彼もまた彼女の見舞いに行ってまた想いを伝えようと思うのだった。
僕は放課後、テスが彼女の見舞いを終える頃を見計らって病室に行った。僕が病室に入ると彼女が目を覚ました。
「どうしてここがわかったの?」と驚き、とっさに布団で顔を覆って隠した。
「ちゃんと顔を見せてよ」彼女は恥ずかしながらも顔を見せてくれた。
「虫下し32錠も飲んだんだって?」
テスは今日、僕が検便の結果で、道端にあった動物の糞を検便に差し出したせいで校内一ギョウチュウがいることになってしまった。恥ずかしい話だ。
「テスは他に何か言った?」
「それ以外、何も言わずにじっと黙って帰ったわ」彼女はうつむいた。
「だめなやつだな。だいぶ具合悪い?」
「うん……」
確かに、彼女の表情からは疲労の陰が読み取れた。
「僕はばかなやつだよ。君を好きになる以外取柄がない」
「得意なことがたくさんあるじゃない。雨にぬれること、虫下しを飲むこと」彼女は笑いながらそういった。
「からかうなよ。僕は真剣なんだから」
「テスに話そう。そうすればこそこそしないで堂々と会えるはずさ」
そう、初めからテスに話してさえいればもう少し事態はややこしくならなかったはずだ。彼女は少し心配そうだったが、僕は意を決し病室を後にした。
次に日、校庭で僕はテスと会った。
「こぶしを握って。こう構えるんだよ。僕を殴れ」
僕はこれまでの裏切りに対して思いっきりテスに殴るように促した。
「なんでお前を殴るんだよ?」テスは不思議そうに言った。構えたこぶしが下がっている。
「いいから殴れって」僕はとにかくテスに殴って欲しかった。
「僕は殴るのも殴られるのも嫌なんだよ」テスには全く殴る気がないらしい。
「僕はジュヒと君に隠れてずっと会っていた」僕はもう我慢できずに言ってしまった。
「ハハハ……」
テスは急に歩き出した。現実を受け入れていないのか、自分に手紙が返ってこない理由を悟ったのかどっちかわからない感じだった。それとも初めから僕たちが知り合いで陰でこそこそと合っていたのを知っていたのかも―。
「このネックレス、夏休みに彼女からもらったんだ。」僕はテスに申し訳ないと思いながら強い口調で言った。
「けどな、そのネックレス、家の親父に見せるな。絶対にまずい。親父がジュヒさんにあげたプレゼントなんだ……」
そういいながらテストはどこかに歩いていってしまった。
こうして冬休みに入った。僕はまたおじさんの家のある田舎へ行った。だが、もう彼女に会えない気がしてふさぎこんでいた。あの手紙が来るまでは―。
*ジュナに会いたい。あなたに会いたくて病気になりそう。それに二人行ったあの川が今どうなっているか気になるわ。あのお化け屋敷。畑の番小屋。二人で載った丸木舟にもよろしく伝えてね、私は元気だって。昨日、テスさんがあなたのおじさんの住所を教えてくれたの。他にも驚きの真実を打ち明けてくれたわ。テスさんがくれた手紙、今まで全部あなたが代筆していたこと。どうして隠していたの?でも許してあげる。そのおかげで捨てようと思っていたテスさんからの手紙を読み返してあなたを感じることができるから。これはテスさんからの提案なのだけど私に手紙を出す時、封筒の裏にはテスさんの名前を書いて。そうすれば家族はテスさんと文通していると思うから*
*窓の外を見てごらん。木の枝が風にそっと揺れたら君の愛する人も君を想っているんだよ*
*今、窓の外には雪が舞っているわ。初雪が降ると恋人たちは腕を組んで街歩くものだけど私には手紙を書くことしかできない。ジュナに会いたくてたまらないからおじいさんの家に行かせてくれるよう、両親に頼むつもり。いけることになったらすぐ電報で知らせるわね*
*耳をすませてごらん。胸の高鳴りが聞こえたら君の愛する人も君を想っているんだよ。目を閉じてごらん。口元に微笑が浮かんだら君の愛する人も君を想っているんだよ*
僕たちは会えない分、手紙で愛のやり取りをした。そしてほどなく彼女からの電報がやってきて僕は大喜びした。
しかし、運命は僕たちに味方せず、僕の出した手紙の一つがなぜかテスのうちに送り返されてしまった……。
テスの家で、テスとその親父がいる。立派な居間で正座する二人は視線を合わせない。テスは怯えながら話を切り出す。
「ジュヒさんはジュナを愛しています。ぼくはあんまり彼女を好きではないし・・あの二人は本当に愛し合っているのです。だから僕は身を引いて……。愛し合っているもの同士が付き合うべきで……。もう、あきらめました」
テスの親父はベルトをするりと取り出し二つに折った。
「いいえ違います、好きです。絶対僕はあきらめません」テスの声は恐怖で引きつっている。
「お前は親をなんだと思ってる。え?勝手なことばかりぬかしおって。一度でも親の立場を考えたことがあるのか。あの子は共和党再選議員の娘だぞ。国会議員がどれほど偉いのかお前は知っているのか。女ひとりものにできないなんて。そんなやつは死んでしまえ!」
何度もベルトの鞭でテスをたたくのだった。
彼女の家でも親が手紙を読み、以後、彼女からの手紙は来なくなった。
期待に胸を膨らませた冬休みはそんなふうに終わってしまった―。
沈んだ気持ちの中で学校は始まった。テスと僕は図書館にいた。すると、テスが急にベルトを取り出し机をたたいた。
「どうしたんだよ」僕は大きな音にびっくりした。
「これはなんだ?」テスの口調は少し恐かった。
「ベルトだろ」僕は本を読んでいたから少し目をやりそっけなく言った。
「違うな。これは鞭だ。こいつが俺をたたく。親父がたたきたいんじゃなくて、こいつが俺をたたきたいんだ。だからこいつをつかまえた。こいつにどんな罰を与えたらいい?」
テスはベルト、いや、鞭を憎らしげに見ていた。
「死刑か」僕はさらっとそんなことを言った。
「俺も賛成。そう考えた。そこでじわじわ苦しめて殺すか、すこしずつ飢えさせて餓死させるか、睡眠薬を使うか……」テスはウインクしていった。
「首を絞めよう」と僕は冗談めかして言った。
「それに決まりだ」それで、ベルトに関しては何も言わなくなった。
「なぁ、ジュナ、ジュヒさんにやさしくしてやれ」去り際に突然、そんなことを言った。
その後の全校集会で、テスは突然倒れた。全校集会ではよく貧血で倒れる生徒がいる。僕は倒れて他の生徒に運ばれるテスに目をやったが、こっちにウインクするテスを見て安心した。
全校集会が終わり、僕は保健室にテスの様子を見に行った。しかしテスはいなかった。
ふいに、保健室の隅のほうを見た。テスがベルトを首につっている。僕はあわてて宙に浮いた体を支えようと必死になった。
「誰か来てくれ!人が死にそうなんだよ。早く来てくれ。テス、何やってるんだよ。馬鹿やろう。僕はベルトを殺せっていったんだ。死なないでくれ……。死んじゃだめだ。頑張れ!ちくしょう……」
僕の声は慟哭にも近い声だったが聞きつけた数人の生徒があわてて駆けつけて一緒にテスをおろした。
「目を開けてくれ。息をしろ。息をしてくれ。馬鹿やろう……」僕は必死にテスの名前を呼ぶのだったがテスの意識はなく、いそいで病院に運ばれた。
病室で、テスは寝むっていてまだ目を覚まさない。僕はずっと付き添っていたが、ふいに彼女がやってきた。病室に入るなりテスの哀れな姿に驚いたのか、いったんは病室を出てしまった。僕はゆっくりと後を追い
「いってやって。テスのやつ、君がそばにいてやればすぐ目を覚ます。さあ、いってやって」といった。
「ここで待っててね」と彼女は震える声で言った。おそるおそる病室に入る彼女を見て僕は学生服のホックに手をやった。ゆっくりとボタンを上から二個外す。
僕はテスが自殺を図るまで彼女との関係に追い詰められていたなんて全く知らなかった。今回の件で、僕は恋人と友人を計りにかけてしまった愚かさを呪った。僕たち個人の感情で動いたために起こった悲劇だ。
彼女が以前、僕たちが付き合うとみんなが傷つく、といったのを思い出す。始めは親同士の決めた婚約者だなんて馬鹿らしい話だと思っていた。テスに話せば事態は収まると思っていた僕の考えは浅はかだった。僕たちの恋愛も時が過ぎれば思い出に変わり、また新しい人をきっと好きになる。辛いのは今だけだ。
解決する方法はもうわかっている。僕は彼女がくれたネックレスを外し、彼女とテスのいる病室のドアにかけてその場を去った。
外はちょうどベトナム派兵軍の行進パレードで人がにぎわっている。僕は人ごみをかき分け帰路に着くのだった。後から、彼女が必死で探していることも知る由もなく、僕の恋は幕を閉じる……。
日記はここで終わっていた。