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小説色々

下手の横好きで小説を書いています。ここでは自作の小説や落選作品等を載せていこうと思います。ジャンルは特に定めていません。

不定期更新ですが、週に一回くらいは更新していきたいと思います。よろしくお願いします。

 これは韓国の映画、「ラブストーリー~classic~」を見てその映像を文章化したものです。映画の監督は「猟奇的な彼女」や「僕の彼女を紹介します」で有名なクァク監督です。「ラブストーリー」はちょうど先述の2作の間に出来た作品ですが、この3作の中では個人的には一番好きです。ストーリー以外に役者等々のえり好みもあるからかもしれませんが……。そんな感じです。

 今回は映画の構成にのっとって全部で10章に分類しました。タイトルもDVDのやつを参考にして付け加えました。




プロローグ ~母の初恋~ 

 ずっと昔、私がまだ子供の頃、川の上にかかる大きな虹を見たことがある。その時、母は私にこんな話をしてくれた。
「虹は天国へ続く門なの。人は死んだら虹の門を通って天国へ行くのよ」と。

 父は私が幼い頃に亡くなっている。母は今、外国へ旅行中。再婚すればいいのに、と私は思うけど母はその気はないみたい。私の名前はジヘ。今は大学に通っている。
 家で今、戸棚や古い本を整理している。そこに両親の交わした古い手紙が入った箱があった。米粒のように小さな文字が並んでいる。ここに母の初恋がある―。

 少し興味があった。なぜなら時折、この手紙を見ては、母は涙するのだった。古い箱の埃を払い、そっと箱をあけた。中には溢れんばかりの手紙の束が入っていた。その一つにそっと手を差しのべてみる。

 下のほうで電話が鳴った。出ないわけにはいかないのでとりに向かう。
「もしもし、私、スギョン」電話の主は友達でもあり、大学の同級生でもあるスギョンからだった。
「どうしたの?こんな朝早くに」彼女はいつも急だった。
「今日、サンミン先輩と美術館によってから、芝居を見に行くの。あんたもこない?」
「どうせ私を引き立て役にしたいのでしょ?」
「違うわよ。サンミン先輩が誘っているのよ。ジヘもどう、って」
「ほんとに?」私の鼓動が高鳴った。
「だから、今日の夕方に―」

 彼女の声はあまり耳に入っていなかった。

 私がサンミン先輩を知ったのは彼女のおかげだ。彼女が毎日送るメールの代筆を頼まれていた。

 ある日、彼がいる演劇部の芝居を見に行った時、スギョンはこともあろうに、芝居の中に割り込んで彼に花束を渡したのだった。それ以後、彼女は演劇部に入った。もちろん、サンミン先輩目当てなのは言うまでもない。

 サンミン先輩はみんなの憧れの的だ。スギョン以外にも多くの女の子は彼に夢中だ。キャンパス内の売店の女主人までも彼のとりこだ。かくいう私も、彼を見ていると胸が苦しくなる。でも、彼は私に見向きもしない。だから私は呪文を唱えるのだ。

 以前、こんなやりとりがあった。彼が近くにいる時、振り向け、振り向け、振り向け……。そう心の中で念じた。

 何かを感じたのか彼は急に後ろを見た。私はとっさに目を合わせまいと目をそらすので精一杯だった。

 私は彼女との電話を適当に終え、また二階の部屋に戻るのだった。

 二階に上がったのと同時に、しまった、と思った。窓を開けっぱなしにしていた。風が舞い込み、手紙が当たり一面に散らばっている。その上、鳩が数羽部屋に入って荒らしている。

 必死に何度も部屋に入ろうとする鳩を追い払い、手紙を拾ってまた箱に戻した。適当に中から一通の手紙を開けてみた。差出人はソン・ジュヒ。母の名前だ。宛名はユン・テス。父の名前だ。

 封を開けると見知らぬ名前があった。オ・ジュナ。誰だろうか? 私は興味深く手紙を読み始めた。

*朝、庭に面した窓を開けると涼やかな風が秋の訪れを教えてくれます。その風をこの手紙に乗せてあなたに届けましょう*


涼やか? ださい表現。まぁ、いっか。昔だから。手紙の入った底に古い日記があった。母の日記ではない。ぱらぱらとめくると、一枚の小さな写真があった。それは父ではない。オ・ジュナという人だろうか? 私はいつの間にかその日記を読み始めたのだった―。

(追記)
 
 
 あれから、随分時間が経った。今思えば、甘く若かったかもしれない。自分と向き合い、克服しようとしたことで少しは成長できたのかもしれない、が、今でもあまり笑ってやり過ごすことはできない。いや、そうしてしまうと自分の弱い部分がまた露呈してしまいそうだから、真摯に受け止めなければ先には進めない。

 ただ少しばかり苦い思い出も、時間がたてば、きっとすばらしいものへとなっていく。寒い冬を越え、草木が春になりまた新たな息吹が吹くように、私にもきっと新たな前向きな想いが芽生えるはずである。そして緑が生い茂るような夏のように、自分は成長できるはずだ。

 自分にしか余裕がなかったあのころと違い、少しは他人を思いやれるようになったのか・・。人の痛みをわかろうと努力しているのか・・。人は誰でも欠けている部分が多い。経験によって少しでも埋めていこうとすることで成長することができるのか・・。どんな自分になるのかはわからない。ただ、以前よりはきっと変わっているはずではある・・。心からそう願いたい。

 最近、彼女と連絡をとった。あの件がなければ、もともとウマが合っていたので話は尽きない。なので、彼女とは今でも沈黙以上の良き友である。ただ、お互いにあの時の話は一切しない。できないといったほうが適切だろうか……。

 向こうには新しい彼氏が出来たとのこと。少し残念だったけどよかったと思える。時間が経てば周りの様子も少しずつ違ってくる。
 私は心中穏やかな気分で日々を送っている。特に不自由もなく不満もない。腹の下のお肉がすこし減ってくれたら、とは思うが、そんなことはどうでもよかったりする。そんなことが一番の不安なのなら随分お気楽な人間だ。彼女とのことは、はじめは少し複雑だったが、時間がお互いを癒してくれたようだ。逆に今は割りと刺激が少ないくらいだ。焦ることでも喉もとを過ぎれば熱さを忘れるように、あのこのような不安な感じにはならない。思い出したところで感情の拝趨まではできないようだ。
 今は毎日学校で友達に会い他愛もない会話をする。そして一日が過ぎる。悠久の時間ではないけど、今を大切にしたい。


 また、あれから時間が経った。少し前にメールが来た。久しぶりだった。彼女からの連絡で近々、結婚するとのこと。少し私は驚いたが、素直に喜んだ。

 もしかしたら悲しかったのかもしれない。この感情はどこから沸き起こるものかわからないけど、きっと負の感情ではあってほしくない。あのころの私とは違い、髪も黒くなり少しは大人になっただろうか……。背広もくたびれるくらいに着こなしている。言葉遣いも丁寧になった。

 ちょうどそのころ、携帯電話を新規に契約した。深い意味はなかったが、彼女には新しい連絡先は教えなかった。住んでいるところも引っ越し、もう、お互いにわからない。以前住んでいたアパートは壊され、別の施設が建設され始めている。好きだった大きな木も切り倒された。時間はゆっくりとでも確実に進んでいる。過去の思い出の場所も知らず知らずのうちに消されていく。いつまでも変わらないものはそのときの感情だろうか。ただ、その感情ですら、希薄になっているような気がする。必死にあがらってはみるものの、時間は経てばまた少しずつ消されていく―。

 最近はもう、彼女のことを思い出すことは少なくなった。社会に出て、日々の喧騒に巻き込まれて、いろいろな刺激が私の意識を無理やりむけさせる。アドレスのデータもほとんど使わない人ばかりになる。週末ばかりが気になって、今もそんな話題が飛び交っている。ただ、オフィスビルをすり抜けて今日も一日が終わり、そして、クーベタイプの疲れたシートに座ってカーステレオから流れる歌に耳を傾ける。少し時代遅れの切ないラブソング。そんな折にふっと思い出す。貴重な記憶を―。すでに、だいぶん、かすれた筆で水に近い絵の具の色を書くようにはなってはいるけども……。

 
 もう、あまり顔も正確には思い出せない。時の流れは残酷なのかもしれない。時間は辛かった心を癒してくれるが、その代償に記憶や感情をさらっていく。
 懐かしくても会えずに、どこにいるかもわからない。偶然、街ですれ違っても気づかずにお互いの道を目指している。そんなこのくり返しが人生だと思うと少し悲しかった。おそらくこの人生の終着点は自分が生きているうちには訪れないのだろうとも思う。
 月日が流れて、少しずつ遠ざかる夢のかけら―。誰かと暮らしているかも―。知らずに何かを忘れていく……。                                                          (了)

深い眠りの中、私は夢を見た。

それははっきりしているようで、あいまいな夢だった。

 なぜか、私ひとりで暗い道を歩いていた。わけのわからない道をただひたすら歩いていた。周りは暗くて何も見えない。足元も見えないから左右には歩かなかった。ただ、ひたすら直線に向かって歩いた。なにがあるのかはわからない。
 ふと、小さな明かりが見えた。私は走った。すると小さな湖が見えた。池とよんだほうがいいのかもしれない。きれいな水だった。魚がいてもおかしくないキレイな水だった。ちょうど山の上流に流れているよな水だった。

 周りを見渡すと暗がりはなくなり、明るい緑一面の世界だった。芝生だろうか。

 寝込んでみたかった。が、小さな2,3歳くらいの子供―男の子か女の子かはわからない。顔もはっきり見えない。こっちのゆっくりと歩いてきた。おそらくその子は笑っていたのかもしれない。わたしはおそるおそる
「どっからきたの?」と尋ねた。
 だが、その子は全く返事をしない。ただ、笑っているだけだった。私は少し困惑していた。するとその子は近づき、すっと手を差し伸べた。小さな手だった。視界はあまりよくなかったが、私はその差し伸べられた手をとろうとした。 
 しかし、急にその手はなくなった。と、同時にその子も視界から遠ざかった。どんどん遠くに消えていくようだった。私はその子を追いたかったが、なぜか目の前には湖が広がっている。さっきまでは池くらいのサイズだったのが、数倍の広さになっている。今はよく表情が見えないながらも、どこか悲しげだった。暗い影のせいだろうか?

「おーい、どうしたんだ!」と大きな声。
 でも、その子は私とは逆の方向に歩き始めた。その方向には、崖が見える。このまま歩いていれば落ちてしまう。私は何度も大きな声でその子を呼び止めようとした。だが、声は届かない。

 ちょうど崖の淵に着いた。そしてこっちに振りむいた。そうするとその子は泣いていた。涙がほほを伝っていた。暗がりの中で流星居ののような滴が流れる。それは幻想的でとてもきれいな涙だった。

 私の夢はここで終わった。途中いくつか何かがあったような気がしたがそうでもないような気がする。起きた瞬間、背筋が湿っていることに気付いた。あくびでいつも以上に涙腺がゆるむ。


 彼女の肩を軽くぱんぱんという音で私は目が覚め、現実へと戻った。少し眠っただけだったが、頭は随分すっきりしている。

 なぜか体が軽くなったようだった。やはり思いつめていたのが、寝不足のせいだったのか。ただ、現実は寝たところで変わらない。眠りの中に救いはないのだから。

 私は体を起こしもう用がなくなった病院の会計をすませ、後にした。帰りの道中、不安な私を察したのか、彼女はぽつりと妊娠はしていない旨を伝え始めた。どうやら、生理不順とうやつだったらしい。

 なるほど、私を不安にしてくれたやつの正体はそんなよくもわけのわからないやつだったのか。私はなぜか急に笑いそうになったが、それを必死で隠そうとした。この場では笑うのは不適切だ。いや、不謹慎である。
 
 私は一言、二言会話を交わし彼女を駅まで送っていった。最後には体に気をつけるように、と言える余裕があった。彼女も疲れていたのか言葉少なく重い足取りで人ごみの改札を抜けた。ただ、もう身重ではないのだから、足取りの重さはきっと腹から来るものではないことを意識する。

 一人で私は今までにないくらの安心感を得た。私は今日一日の自分の不安が杞憂だったことに馬鹿らしくなった。今日が晴れだったことをきれいな夕日を見ながら再認識する。少し寝たことも手伝って、身は軽かった。今ならジャンプして電車の改札も抜けられそうだった。

 夕日に照らし出された行き交う人がみんな笑顔でいる。目の前に止まっている古くなったスバルも年季が入ってかっこいい。明日から、夏休みに入るような感覚、いやそれ以上だった。

 もう、叫んでもよいくらいうれしかった―はずであるが―急に気分が悪くなった。心臓の下辺りに強烈な痛みを覚えた。視界もまた悪い。

 思わず目が痛くなったのでコンタクトを外そうとした。何がそうさせるのかはわからなかった。未知の境遇になり急に不安が舞い戻った。夕日は暗がりがかかり闇へとおちていく。そんな時ふと、さっきの夢を思い出した。さっきの子がだれだったのか、気にも留めなかった。急にいろいろなものがフラッシュバックし始めた。今日一日の自分が何者であったか。卑怯で自分のことしか考えてない自分―。気を使っているようで自己満足に浸る自分―。彼女がどんなに不安だったのかをすこしでも考えたか? 考えても何かしたのか? 誰かが自分を責め始めた。そんなとき、急に小さな子供が頭をよぎった。

 あれは私の子供の幻影なのか……。自然と思考はそこにたどり着いた。

 始めから、少しはそれを考えていた。が、現実的にそれは棄却された。そのはずだった。それなのに意識だけはなぜか変な方向へと無理やりにひっぱられる。

 私の目からは意識とは関係なく涙が出た。これがだれに向けられたものかはわからない。ただ、悲しかった。自分をどうにかしてやりたかった。擦り切れるまでどこかに体をぶつけたかった。どうしたいいのかわからなかった。私が生命倫理をひたすらに力説すればよかったのか―答えは否。今を捨て必死に頑張ればよかったのか―答えは否。いっそこのままどこかで心中するのがベストかもしれない―答えは否。

 私の思考は途方もないところにまで来ていた。よくわからなかった。ただ、悲しくて自分の無力さ、無知に怒りを通り越してどうすればよいかわからなかった。だれでもいいからぶっ飛ばして欲しかった。彼女のことを思うと、もう想えなかった。人として最低であることを感じ取った。むしろそういった感情を持つのも罪になる。今日一日で私は二つの小さな命を失った。

 私はまた、人知れず涙が出た。これはだれに向けられたものか自分の意識にか、彼女にか……。この涙の中の少しが、向けられたほうに伝わればいいと思う。

 数日後、私は彼女に別れをつげ、彼女もそれを承諾した……。


 電車はほどなく病院のある駅に着いてしまった。休日の駅改札口付近は年齢を問わずに多くの人が入り乱れる。その大半の表情は楽しそうだ。自分のように暗い気分の同類がいないか気になったが、今居る駅の周辺のような小さな社会にはどうやらいないらしい。

 診察の時間にはまだ早かった。海に近かったから、少し海が見えるところを歩いた。小さな丘の上で、港が見える丘で、小さな船が流れているのを見つけた。こんな晴れた日には本来ならどんな気持ちで午後の入り江を見ていたのだろう……。

 普段の感覚のはずなのに思い出せない。ただ、今は見ているようで心ここにあらず、といった状況。ただ、頭の中はよくわからない感覚がまわっている。
 芝生に座り、じっと遠くを視点が定まらないところで見ていると、彼女が
「もし、妊娠していたらどうしよう?」少し不安げだった。
 当然の質問である。なぜ、昨夜しなかったのかが不思議になった。
 
 まだ、どうなっていうかはわからないが、それよりも先に仮定を先行するのは仕方ない。私もさっきから考えていたのはそのことばかりだ。
「どうしようか……」頼りなく私はつぶやいた。
 心中はどうしようもない、と私は思っている。まだ、学生の身分で正直、自分に子供を持つという概念が全くない。こんな自覚のないような親の子はさぞかし不幸な子になるだろうとも思っている。さらに、自分までも大きな負担を得て、幸せになれるとも思えない。二人、いや三人そろって不幸になるなら一人の犠牲で二人が幸せになったらいいんじゃないか?

 今、無理やりに頭の中に構築されているのかもしれない。ただ、本当の本当の腹の中は、おろすことを前提に考えていた。自分の心中を彼女に伝えると傷つくだろうけども、おおよその的を射てることを確信する。それを自分の中で再認識すると少し気分的には楽になった。後は言葉の表現の仕方だけだと思う。
 そんな頼りない私を見て彼女はさらに続けた。
「私、看護師めざしてるでしょ。だから、もし、子どもができた時、簡単におろすのってどうなのかなって思うの。命を預かる人が―。」後半は私の耳に届いてなかった。
 私は彼女が急に恐ろしくなった。恐ろしくてこの場から逃げ出し、初めから何もなかったことにしたいと思った。

 彼女は妊娠をしていたなら産むことを考えているのだ。つい先日までは何も問題はなかった。何がこうも追い詰めるのだろうか? 

 私は髪を整え始めた。イライラしたり当惑するとよくとる行動らしい。それよりも、私は彼女を説得しなければならないことを要請されていた。途端にイライラ感が募ってきた。自分の思うようにことがうまく運ばないからだろう。私の思考の終着点は決まっていた。
「うーん、でも、こんな今の二人に子供ができてもきっと幸せにはなれないよ。しっかりしたが親があっての子供だと思うけどなぁ……」と言った。その後、彼女はまたうつむいて黙ってしまった。
 おそらく、私に全く覚悟がないのを悟ったのだろう。それ以上はもう何も言わなかった。私も、現実逃避からか、結果を見る前から気持ちは逃亡していた。

 敵前逃亡は士道不覚悟、とはよくいったものだ。それ以前の問題だと自分自身を嘲笑した。おそらく何回、切腹を命じられるかわかったもんではない。彼女との意見の相違も自分が変な同情心を出さなければ問題がないことを確信する。

 時間が来たので病院へ行った。よもや今の自分が産婦人科の門をくぐるのとは昨夜まで思ってはいなかったから当然、緊張はした。だが、そんなことはどうでもよかった。恐る恐る入り口に入り、待合室のイスに腰掛けた。その場でも終始無言。空気がとても重たかった。

 友は常に私に優しかったが、ここまで来るとそんな余裕はあまりない。
 周りにはお腹を大きくした女性が何人かいた。雑誌を読んでいる。出産を人たちに向けた雑誌だった。ここは産婦人科。別に読んでいても特に変ではない。ただ、私はこの場から逃げ出したかった。ここではなかったらどこでもよかった―。

 ほどなく、彼女が診察室に呼ばれた。少しこっちを見たようだったが、私は目を合わせなかった。彼女が看護師に案内され、奥へと入っていった。
今、気がついたが一人になれたのが今日の中ではじめてだった。少し足を伸ばしてぐったりとした。緊張と睡眠不足で眠たかった。頭の中で考えるのも疲れてしまった。しばらく、ぼーっとしていると、だんだん私の意識はどこかへと飛び立ってしまった―。

昔、書いてみたラブストーリーです。結局何が言いたかったのかは当時の自分でもわかりかねますが、センチメンタルな気分に浸っている時に書いてみました。よろしければどうぞです。



Time



 まばゆい光に包まれた心地よい朝だった。昨夜の憂鬱を少しでも、和らいでくれる暖かい光だった。小鳥の声が聞こえるようで現実にはおそらく聞こえてはいなかった。気持ちが滅入るとこんな日常のどうでも良いことにでも目を配るとはよほど昨夜の出来事が私にとってショックだったのだろう。隣には、まだ目の覚めない彼女がまぶたにかすかな光の刺激をうけながら眠っている。

 まだ起きるには早かったが、昨日のことを考えると、とても寝ていられるような気分ではなかった。今尚、この時点でさえも、私は昨日の会話の内容をゆっくりと総括するので精一杯でそれ以上のことは何も思いつかなかった。いや、正確には思いたくもなかった。
 今日一日が、長い一日になることは深く考えなくても予想できた……。
 
 特に問題のない私たちだったが、過ちは突然にして訪れる。いや、過ちと言うよりは必然だったのかもしれない。これを過ちと解してしまうと全てが否定されてしまう。それは突然にして起こったことだ。そして、他人事のようで常に身近に存在しているものでもあろう。
 
 彼女は昨日、「妊娠したかもしれない」と私に言った。私はただ、ただ驚くばかりで彼女を活目するばかりであった。晴天の霹靂とは―まさにそのこのようなことで―私にはえもいえぬ感覚であった。同時に、これから自分に迫り来る現実に恐怖した。
 『汝、その日もその時間もわからない』と聖書ではいっていたが、本当になにもわからないものだ。私はどんなことにもこれは通用する、と思った。今日に限ってそんなことを思うのは、自分にとって半ば身に覚えのないようなことだからか……。明日は死ぬかもしれない。それは明後日なのかもしれない。それも、聖書が述べるがままである。

 恐怖を隠そうと、私はなぜそうだと言えたのか、手櫛を髪に当てながら質問の一辺倒であった。その一挙一動に彼女は淡々と応えていた。冷静そのもので、言葉には生気がないようで……。でも、芯が通っていたように思えた。言葉の芯が―。
 
 人はおそらくある程度の覚悟を決めるとどこまでも冷静になれるのかもしれない。その彼女の冷静さが、私をぐいぐいと現実へといざなうのであった。

 「とにかく、病院へ行ってみようか……」

 昨夜、私が思いついた精一杯の言葉であった。

 それ以外、以上によけいなことは言えなかった。ただ、何も言わないことが腹の奥のほうを針で突付く。そんな感じが妙に口元で苦々しかった。
 ただ、現実への第一声がこんなに情けない一言であったとはなんとも惨めな話であるのかもしれない……。


 ちょうど、彼女が目を覚ました。彼女もまだ眠そうだ。私はベッドから降り、簡単な朝食を作る作業に出た。卵とハムとチーズを火に通し、最後にレタスを加える。これだけでも、バランスは良い。それにフランスパンでも加えれば昼すぎまでは持つだろう。
 特に空腹があったわけではない。ただ、何かをしたくて朝食をつくった。だから、不必要な食事は喉を通ることはなく、二人とも半分近く残してしまった。それから着替えて髪を軽く整え出かける準備をした。その間、特に会話はなかった。せいぜい、「塩を取って」といったくらいしか記憶にない。それほど、会話は無に等しかった。
 こいう時に笑いをとるようなことを言うと、必ずこけるのがオチだ。何か会話をしようと考えはしてみたが、うかつなことを言って彼女を傷つけたり怒らせたりするのはこの沈黙よりいやだった。

 沈黙は最良の友なのかもしれない。ふとそんなことを思った。相手と喧嘩したした際、沈黙を守り続ければ意外とその場は収拾するかもしれない。いや、逆に改善するかも。何もいわなければ相手の戦意は失せる。あきれかえるのかもしれないが、何を言っても無駄だと悟るかもしれない。ひどくはならないなら、沈黙を友として快く受け入れよう。特に今日のような日には―。

 休日の午後、人ごみの中、駅へと向かう二人は葬式のまえのように暗かった。ただ、ありったけの努力、というか思いやりと呼べるのか、足並みを彼女に揃えるのだった。心なしか、彼女の歩調はいつもより少しスローダウン。気持ちは二人三脚、でも、歯切れは悪い。何もかもがうまくいかないような気分だった。

 途中で角にさしかかると、小さな子供を連れた家族を見た。とても幸せそうだった。少しうらやましかった。今この瞬間、この家族はきっと最高に幸せなのだろうから……。
 コンタクトの調子が悪いのか、視界は悪い。こういうのを「調子が悪い」というのか……。「今日は間が悪い」というのか? そして家に帰るのか?
 足元ばかりに目をやっていたせいで、何度か人と肩が少しぶつかったが自分にはバランスを崩しながらもコケないようにするのが精一杯だった。感覚的にはゾンビが街を歩いているような、魂が抜け落ちたような意志がない歩くこけしのようだった……。

 そうしているうちに駅に到着した。財布がポケットに入ってなかった。家に忘れたのか。いや、さっき彼女のかばんにいれたばかりだった。彼女は財布から小銭を券売機にゆっくりと入れるのだった。どうやら、家には帰してくれないようだ。少しずつ病院と二人の距離はつめられていく。
 うっかりは味方してくれなかった。仮に一度家に帰ったところで意味ないことなど知っているが―。唯一、味方してくれたのは天気が快晴とよべるほどよい天気だったことだ。こんな日は公園にでも行くのがベストな日だ。今日は気分的には当然、行く気にはならなかったが……。

 電車の中、特に会話もなく二人は立っていた。先ほど、最良の友を得たばかりだったから、朝ほど気分は滅入らなかった。いつも一人ならドアから外の景色でも眺めている。電車の中から見える景色は好きだ。一定のリズムで流れる景色は誰が意図したわけでもないのに綺麗だ。目に映る全てが瞬間的だったが、その情景は刹那であるがゆえに綺麗なのだろう。頭の中に入ってくる。
 ちょうど乗ってすぐに外を見ると小さなパン屋が視界に飛び込む。高齢のおばあさんが一人で切り盛りしているパン屋。時々、休日になるが、ほとんど毎日開店していた。ただ、今日は休みのようだった。私は視線に置き場がわからなくなって何も乗っていない電車の荷台を見ていた。荷台の鉄は銀のようで少し暗がりがかかったようで。今の気持ちと同じなのだろうか?

 終始無言だった彼女に私は立っていることが辛くないかそれとなく尋ねてみた。辛くてもどうすることもできないが、仮に妊娠していたなら、辛くてお腹に負担がかかりいっそ流産でもするのか、などと意味もなく思った。彼女は首を横に振り静かにうつむく。

 何を考えているのか。気まずい空気の中、決まって人は相手が何を考えているのか考える。わかるはずのない相手の思考に回廊を重ねうち、時間が過ぎるのをただ待つばかりである。

 私もいま、ちょうどその真っ只中にいる。問題は妊娠が認められた場合である。この時、彼女には二つの選択が求められる。どちらを選ぶのかは恐ろしくて考えたくはない。まだ、時期尚早である。しかし、仮に……。そして私にも選択が求められる。そして私は―。