私の定年記念と、息子がいる間に会いに行こう!旅行で、イギリスに来ています。

前半はロンドンに滞在しながら、留学先のブライトンから合流した息子と日帰りでバース(Bath=お風呂)へ行って来ました。

映画「テルマエロマエ」の世界が垣間見えるローマン・バスやステンドグラスが美しいゴシック建設の大聖堂ローマン寺院などゆるゆるっと観光。







ロンドンからは片道電車で80分ぐらいなので、日本の人はほぼ見かけませんでした。

当たり前ですが、トイレのエアータオルがダイソン。


そして今日から港町のブライトンに移動しました。



ここから電車で15分ほどのFalmerと言う駅に、息子が1年限定で学んでいる大学院があります。

また、この駅にはプレミアリーグのブライトンが本拠地を構えていますので試合がある日は大賑わいになるようです。


大学のライブラリーや学生寮、カフェなどを案内してもらいましたが、様々な国の学生が、真面目に頑張っている姿に感動。


うちの息子ながら、自炊もしながらホントに良くやってるなぁ。。と感心しちゃいました。


9月12日の金曜日の夕方だったと思います。

 

いつも通勤で乗り換える新宿三丁目駅の近くで、右足をグキっと捻ってしまいました。

 

普通に歩いていただけなのですが、一瞬後ろが気になってチラッと振り向いた時に地面に微妙な凸凹があってそこに引っかかったみたいでした。

 

捻った直後は特に痛みはなく、普通に歩けたので用事を済ませて家に帰り、お風呂に入ろうと思って靴下を脱いだらビックリ!

 

右足首がボコっと腫れていました。

 

 

ありゃりゃ。。捻った後に大きく腫れるってことは骨をやっちゃったかなぁと思いましたが、もう病院が開いている時間ではなかったので、その日はそのまま就寝。

 

翌日の午前中にいきつけの整形外科医で診察とレントゲンを撮ってもらいました。

 

結果は骨にも足首周りの筋にも異常はなし。一安心です。

 

1週間ぐらいは無理しないで下さいと言われました。

 

捻った6日後に予約をしているホットヨガはどうしようか悩みましたが、数日すると腫れも引いて来て、特定の動き以外は痛みも無くなって来たので、無理なポーズはしないって前提でレッスン受けちゃいました。

 

かなり年齢を重ねて怪我の治りもどうなのか気になりましたが、案外早く治って来たので、自分の治癒力もまだまだ捨てたもんじゃないなって少し嬉しくなりました。

 

足首を捻ってから今日で3週間が経過。まだ少し腫れてますが、ホットヨガのポーズは全部出来るようになったし、ほぼ復活しています。

 

ちょっとした油断で大怪我になっちゃう年齢になってるので、これからも気を付けて行動しないとですね。

 

 

父が亡くなりました。10月で89歳になるはずだったので、年齢的には大往生なんだと思います。


3年前に長く介護施設にいた母が亡くなり、その時父は一人暮らしで特に不自由なく元気に暮らしていたので、この人は100歳ぐらいまで生きるんじゃないかと勝手に思っていました。


7月の半ばに週3ぐらいで通っていたスポーツジムの前でうずくまっていたのを通りがかりの見知らぬ人が救急車を呼んでくれて、そのまま病院に運ばれました。


たまたま私は父の顔を見に、実家に車で向かっている途中だったので、救急隊員の方から携帯に連絡を貰って父が搬送された病院に、30分もかからずに到着することが出来ました。


すぐに診察をしてもらうと倒れた原因は何と糖尿病。血糖値が730もありました。


一人暮らしでの不摂生がたたったんでしょう。通っていたスポーツジムは運動ではなく、お風呂とマッサージだけの利用だったのが分かりました。


暑かったので糖分たっぷりの炭酸とかカルピスウォーターをガブガブ飲んでいたようです。最近耳にするペットボトル症候群ってやつです。


その後入院しながらインスリン投与の治療や軽い運動のリハビリなどをし、1ヶ月半ちょいで血糖値はまずまず安定したので、もう自宅療養で大丈夫でしょうと8月末に退院をしました。


退院する時は私と妹で立ち会って、一人暮らしのマンションへ車で一緒に帰り、入院中にずっと食べたいと言っていた鰻重(温めて食べられるレトルトのですが)を元気に平らげて、やっとひと息。。


その2日後にはこれからお世話になるケアマネジャーさん、訪問看護師さんと自宅で今後の打ち合わせをすることになってました。


ところが打ち合わせの当日、午前中に妹が父の部屋に行くと、父は寝室で冷たくなってました。。


警察による検死の結果、死因は虚血性心疾患。特に苦しんだ様子はなく、急な心臓麻痺で短時間で亡くなったようだと説明を受けました。


亡くなる2日前、病院から退院した日には、糖尿病による血糖値のコントロールをするために、病院で管理栄養士さんから約30分ほどの食事指導を受けました。


その時は普通に元気で話を聞いてて、これからはしっかり気を付けないとって笑顔で応えていたんですが、人間ってあっさりといっちゃうもんです。


ほんの数日ですが、自宅にも帰れたし、鰻重も食べられたし、ほとんど介護の世話も必要なかったし、何よりずーっと好き勝手に我儘放題で90年近くも生きたので、きっと本人は幸せだったと思います。


このブログにも書きましたが、6月には私と上海旅行も行きましたし、その2ヶ月前の4月には妹とハワイ旅行にも行っていたんです。


次男の私が人生初の喪主を務めた身内だけの葬儀も無事に済ませ、これから事務的な手続きに加えて、兄弟で話し合って自宅マンションの処分とか、田舎のお墓をどうするのかを決めないと。


実は4人兄弟なので、色々と揉め事が起きそうな予感が既に燻ってます。ま、なるようにしかならないんですけどね。