砂の手紙
砂の手紙
細い声を聴いていた
波に叫ぶ声である
日向に向かう
海鳥が
さてさて何を思うのかと
聴いてみたいと
思っていた、、、
このたいらな今日の午後
悲しい叫びの声である
昨日に別れの言葉を書いた
砂の手紙
波が拾う、、、
しばらくそうしていた
砂浜に立って居た
波の声も
聴いていた、、、
雲からの手紙
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毀れた舞台は、、、
まさかの現実が其処に在った。知的分野のくすんだ働きなのだと、役職を天職と己が自己満足以上に歓喜しながら、日常の在り方に気づくことすら無い儘に、幼稚然とした大人を造っていることを、本人はやはり感知は出来て居なかった心の病は、コロナ禍の実態に照らし合わせても、ふかしきに混同する実態を、整理できないまま精心の上質の上塗りが己には在るのだと、頑と異なる知脳の活動の在り方を己が識るべき事柄を、見事に検知せず欠落して居たと見て良い様である。自分が何を注意されても、責任は無いとして、何処に責任と言う人間責務があるんだと、見事に毀れた感性を、病の巣に立てこもっていきり撒いていなくは無かったかと言えそうである。その事が、不幸の歯車を回して居る己を、何時に成って感知然に生育するかであった。多分同質の媒体知脳は、良識の堺を見えない事の実体が其処に根を這って居たと、管理者は不幸への路を切り摂る心情を持つ事を、崇高な彼らだと見て居た様に映りもしていた。見事に子供の成育の過程を、繰り返して居た様である。見え無い物が余りにも乱雑に山積みに在ることを、識る事は無さそうで在る。責任は其処に明白で在ろう。知的財産の形は、診えない情緒を破壊していた。 台本の無い、人間舞台に、、、。まれに見る舞台なのは、、、。
2021/08/12 1:15記
雲からの手紙 2
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