やわらかな思いの中に、、、
秋の言葉のやさしさに、、、
秋の色
夕暮れは静かに声を出し
まるめた紙風船が手元の中で
あの空に飛びたいのだと
赤児の様な声の声がする
こんなに赤い夕暮れに
目元に光るひとすじの
涙の跡がまた光り
せめてここに届く
声の手紙を書いてはいるが
あれは古いネオンの色が
かさなりあって声になり
あの夕暮れが
あなたの声で顔を描く、、、
雲の窓に
秋の日の願いを書いていた
花束も置いてみた
夕暮れの
歩道を歩く靴音が
並んで秋の声を出す、、、
秋の日のこと、、、
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何時もアクセス、ありがとうございます!嬉しいです!
(今 知人に依頼されていた写真カードのデーター2500枚超、4枚のdvdに書き込み終えた今でした。ほっとしています、、、! 2019/10/03 3:26記 )
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恐ろしい現実が、事も簡単に顔を出すので或る。こんな事に時間を置くのなら、草木の自然のまどろみに、程よい涙を流した方がどれだけいいか、今、笑え無い笑い方でこの文字を並べている。精神の病の実体を説明して頷ける程の人物以外は、ご遠慮した方がいいようである。
萩原朔太郎氏の言葉に、作品は(昭和初期、現代詩人の第一人者であるが)説明ではない。無言で解り合う事の出来る人とのみ、私は語りあう事が出来る、、、。と著書にも書かれてある。その通りで有ろう。理解する感性がなかったら、萩原朔太郎氏は、背を向けて無視したであろう。
詩人の感性がそうするのでもあろう。何とも空しい時間を送ってきた。だから今此処にいるので在った。
雲からの手紙
この文面、自分で恥を感じたら、多分文字を消すであろう。人間を休んだ方が良い様で有る。
「大切な事柄を」、この有様から壊されかねないのだ。人を護る事が、こんな所からも、無駄な不要な、空しい事象に悲しいのである。
ある不要な実態の中から、、、
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2019/10/03 0:15記
