今日は、いつも仲良くしている6人のゲイ友達たちと飲みに行っていました。
美味しい中華のお店で、たらふく食べて、飲んで大大大満足でした。
僕は、中華系のお店での飲み会では決まってピータンを注文します。
みなさんは、ピータンってご存知ですか?
ピータンとは、主にアヒルの卵を強アルカリ性の環境(石灰や粘土など)で数ヶ月間熟成させた中国の伝統的な加工卵です。
若干の見た目のグロさと、独特な臭いがありますが
一口、口の中に入れて頬張ってみるとあら不思議
とても癖になる食感と風味で
病みつきになること間違いなしです!
僕自身、ピータンを知るきっかけになったのは
当時好きだった人の影響でした。
僕は生粋の卵料理好きで
居酒屋に行くと必ずと言っていいほど
卵系のメニューを一番に注文するんですが
その当時の僕はピータンの存在を知らなくて
その彼は僕が卵好きだと知って
ピータンを絶対に食べさせたいと
彼一推しの中華のお店に連れて行ってくれて
僕にピータンの味を教えてくれたのでした。
初めてピータンを見たときは
これ、本当に食べていいものなの?
と思ったのが正直な感想でした。
いざピータンを口に入れてみると
これは僕が知っている卵のカテゴリーに属する食べ物ではないと
身体が拒否反応を起こしました。
だけど不思議なもので
彼に勧められるがままにビールと一緒に
そのまま何口か食べ続けてみると
ん…、意外とイケるかも…?
と、気づいたらペロリと一皿
ピータンを平らげていました
彼はそんな僕の姿を見て
ニコニコしながら
「絶対、ひろトに食べてみてほしかったんよ。食べたら好きになると思った。」
と言っていました。
そして、その中華のお店は僕たちの行きつけのお店になり
二人で一緒にそのお店に行っては、ピータンを頼むことが恒例になっていました。
仕事終わりに合流して
居酒屋でご飯を食べて
軽くお酒を飲んで
そのままほろ酔いで人気のない飲み屋街の外れに向かい
10分ほど歩いた先にある
彼の行きつけのオシャレな珈琲店に行き
終電近くまでコーヒーを飲みながら
彼と静かに語り合う時間がとても大好きでした
そんな彼とは、結局付き合うことはなく
約半年ほどで関係は終わってしまいました。
彼と最後に会ったのも
そのピータンのお店でした。
彼とは、それっきりで連絡ももう何年もとっていないし
彼がいまどこで何をしているのかも知りません
それでも、何年も前のことなのに
僕は中華のお店に行くたびに決まって彼のことを思い出してしまうんです
みなさんにも、そういう瞬間ってありませんか
その場所に行くと
その話題に触れると
その物を見ると
無意識にふと誰かのことを思い出してしまうような
そんな瞬間って、きっと誰にでもあるんじゃないかなって思うんですよね
それが昔好きだった人なのかもしれないし
元彼だったり、叶わなかった片思いの相手かもしれない
その当時、仲がよかった友人や親友
何かのきっかけで仲違いしてしまった人や
あるいは恩師だったり
もう会えない人だったりするのかもしれない
僕は、ピータンを食べることで
こうやって彼のことを思い出すけれど
それを敢えて口に出したりすることもないし
誰かに話したりすることもない
目の前に運ばれてきたピータンを見て
それを頬張りながら
そういえば、そんなこともあったよなと
僕の胸の中で、じんわりと
一瞬のうちにその思い出を噛み締めては
すぐに現実の世界に引き戻ってくる
彼のことを思い出すのは
そのときのほんの一瞬だけれども
その一瞬の時間の中で
僕の感情は小刻みにだけれど
繊細に揺さぶられているような感じがするんですよね
彼との関係がうまくいかなかったことに対して
未練があるわけでもないし、引きずっているわけでもない
だけど、そういう幸せな時間があった事実は僕にとって大事な思い出であり
僕自身が彼にとって大事な一人として認められていた時間であることは事実でした
僕は彼のことが好きだった
彼とうまくやっていきたかった
きっと途中まではお互いに同じ気持ちだったように思います
だけど、それが叶わなかったのは
僕にも原因は絶対にあったわけで
僕は、そうやって
時々何かのきっかけで
過去の誰かとの切り取った瞬間を思い出すたびに
いま、当たり前のように
誰かと過ごしている幸せな時間は
実は、有限であるということを
いつも思い知らされるのです
その幸せだと感じている時間は
いつのまにかに過ぎ去ってしまっていることもあるし
時には、自分自身の手で壊してしまっている場合だってあるかもしれない
そのときにどんな言葉を選んで
どんな行動を選んで
誰かと向き合っていくのか
それとも向き合わないことを選ぶのか
その一つ一つがきっと今の目の前に広がっている幸せな時間を紡いでいるんだと思います
全ての選択が正しくなくてもいい
時には正しく選べなくて
後悔してもいいと思う
だけど、この先も人生は続いていくわけで
この先、歳を重ねていってから
こうやって色んな瞬間を思い出すたびに
誰かと一緒に笑顔で過ごした時間が
一つでも多いような生き方がしたいと
そんなふうに思ったのでした。

