
洗面所で娘が、声を震わせていました。
小学生の持ち物にしては不釣り合いな、つやつやのコーム。
数日前に「これがいい」と選んだのは娘です。
(まさか、くしで泣く日が来るとは。)
きっかけは朝の一言でした。
「ママ、髪が広がるのがイヤ。これ欲しい」
テレビで見たらしい高級コーム。
値札は【赤字】4,800円。
くしって、100円でも買えるのに。
私は思わず渋い顔をしました。
「小学生にその値段は高いよ?」
娘は鏡を見ながら小さく言いました。
「みんな、髪きれいだもん…」
その“みんな”が刺さるんですよね。
結局、買ってしまいました。
家計的には痛い。
でも、髪をとかした娘が少し笑って。
(ああ、これで朝がラクになるなら…)
そう思ったのも本音です。
ところが、その翌週。
娘が帰宅するなり、玄関で止まりました。
「今日ね、コーム貸してって言われた」
「貸したの?」
「ううん。断ったら空気変になった」
小学生の“空気”って、重い。
次の日も似た話でした。
「また言われたの?」
「うん。『ケチ』って言われた…」
(いや待って、くしで人間関係。)
私は笑うふりをしながら、胃がキュッ。
さらに追い打ち。
娘は小声で続けました。
「先生に見られたら、怒られそう」
確かに。
学校によっては高い物はNG。
娘は“自慢”したいわけじゃない。
ただ髪の悩みを解決したかっただけ。
それなのに持つだけで、気を張る。
その夜、洗面所で事件が起きました。
娘がコームを机に置いた隙に、誰かが触った。
本人は見ていない。
でも歯が少し曲がっていた。
「気のせいかな」と言いながら、目が潤む。
私は内心、カッとなりました。
(大人なら弁償案件だよ…!)
でも娘は、怒ってほしいわけじゃない顔。
怖いのは、明日の教室なんですよね。
ここで、私の気持ちが転換しました。
「高い物を持たせた私が悪い」
そう責める方向から、ふっと冷めた。
悪いのは娘じゃない。
そして、これは“くし”の話じゃない。
私は静かに提案しました。
「学校には持って行かないようにしよ」
娘が顔を上げました。
「でも朝、学校でとかしたい…」
「じゃあ、学校用は別にしよう」
翌日、ドラッグストアへ。
398円の折りたたみコームを一緒に選びました。
「これは貸してもいいやつ?」
娘が確認してきて、私は苦笑。
「貸すかどうかは、あなたが決めていいよ」
家では高級コーム。
外では学校用。
ルールを分けたら、娘の眉間がゆるみました。
「ママ、これなら安心」
その一言で、私も救われました。
高級コームを持つ小学生の悩み。
正体は、髪じゃなくて“周りの目”でした。
そして、持ち物が増えるほど、守ることも増える。
親も子も、まだ練習中です。
明日の朝は、少しだけ軽いはず。