介護される側に行く前に、少しでも介護する側でお役に立ちたい。
それが少しでも老後の収入につながり、少ない年金の足しになればありがたい。
そんな思いで一念発起。
還暦を前に、2級ヘルパーの資格を取り、施設でパートヘルパーとして働くおっちゃんの奮闘記です。
平等な介護
最近よく耳にする。
「平等に」とか「公平に」とか。
ところで「平等な介護の実現」なんて、可能だろうか?
お年寄りたちのADLやQOLが、みんな全く同じなら有り得るかも知れない。
いや、それでも実現は難しいと思う。
まず、その「平等」や「公平」を、一体だれが判断するのか。
職員たちが判断しても自己満足にしかならない。
あたりまえながら、介護を受けるお年寄りたちが判断すべきだろう。
お年寄りが、共同生活の中で、「ああ、私は平等に扱われているなぁ」と感じるのは、
どんな時だろうか。
多分、そのお年寄りのわがままが実現した時なんだろう。
世の中が不平等、不公平なのに、施設の中を平等、公平になんてできっこない。
「平等な介護」も「公平な介護」も存在なんてしないと思う。
そんな存在しな いことを前提にするのは、非現実的だと思う。
だから、介護は不平等で、不公平なものという前提で、考えるべきだろう。
パーティ
今日はクリスマス&忘年会パーティ。
2時間足らずの小イベントだが、なかなかいい感じで盛り上がった。
特に大学落語研究会の落語が新鮮。
まだ2年生というのに、30分近いネタをじっくり聴かせてくれた。
やったね。
この大学の落語研究会、部員が20人もいるらしい。
大喜利やコントなどもできるとか。
これから、定例の学生寄席を企画せねば。
ボランティア
欧米と比較して、日本の介護現場が周回遅れになっている理由の一つに、ボランティアの存在があるという。
本によると、アメリカのナーシングホームは、多くのボランティアによって支えられているらしい。
年末のレクの担当が回ってきた。
当たり前のゲームやプレゼント交換、ビンゴゲームはやりたくないところ。
ほんとへそ曲がりである>自分。
で、大学の落語研究会(オチケン)をネットで探して、高座依頼のメールを送ってみた。
3校に送った結果、1校のオチケンから応諾のメールをいただいた。
今年の年末イベントの目玉は、大学オチケンの寄席になりそうだ。
ほんとうにありがたい。
日本の若者のボランティア精神もなかなかのものだ。
できればこれを機会に、月1回の恒例行事にできないものか。
お年寄りたちも、きっと喜んでくれそうだ。
デイサービス
父親が、初めてデイサービスに行った。
体験通所だ。
難しい父親だから、ちょっと気になる。
で、のぞきに行ってみた。
体操やカラオケを楽しむ父親は、どこか楽しそうであり、どこか寂しそう。
父親と毎日一緒だった母親が、たまには独りになりたいと、選んだ父親のデイサービス行き。
それを知っている父親は、積極的に「行ってみる」と…。
協調性がほぼ皆無と言える父親が、他人の中に入っていくなんて、何年ぶりだろうか。
一生懸命プログラムをこなしていく父親の横に並んで、僕もラジオ体操をはじめてしまった。
終わると、すぐとなりのお年寄りから、声をかけられた。
「今日からですか?」
父親ではなく、僕のことらしい。
デイサービスでお年寄りたちと混ざって、違和感のない年なのかなぁ。

