私は高校1年から1年間NHKの番組に投稿して、出せば簡単にヒットするヒットメーカー、ということは昔の業界人は知っている‼️その頃、業界の先輩たちに期待され過ぎて、それもしんどすぎて投稿を辞め、体力もなくなり高校にも行けなくなり、色々と理由があって、投稿も高校も辞めてしまった。
内容は政治家を皮肉ってみたり、30年以上前から環境問題を訴えた‼️水を大切にしましょう、とか言い時代を先取りして、出せば簡単にヒットした‼️
原稿は誰にも見せず引き出しに入れていたので、投稿してることは誰にも言うてなくて、親も誰もに隠れて1週間に一度書いて、麻薬的に気分が明るくなる
土曜倶楽部という大学生の就職の番組を高校生が見ていて、観覧も二回当たって馬場町まで行っても自信をなくして帰ってきた‼️
この話は私の周りの人は誰も知らない。昔から誰にも言わず書いていたから、業界の人間しか知らない‼️
私は作家では食べていけない、と思い中国語で食べて行こうと決めたのもあって、留学を決めた。それを初めは高校を出てから、と思っていたが鬱病が酷くなり1年早くなっただけである
あのまま書いていたらプロでデビュー出来たかも知れない。しかし、プレッシャーが酷すぎて書くのを辞めてしまった。NHKから2回くらい葉書が届いた
日本に帰ってまたNHKで一仕事しようとしたが、土曜倶楽部はなくなっていて、活躍の場を逃した
そうして結局天才と言われた私は、二十歳を超えて入院して普通の人になり、何の後悔もしていない‼️