私は手にハンディがあり

様々な場面で困ったことに遭遇するのだが

そのひとつに「職業選択の自由」がある💦

 

学校に入るのも出るのも大変なのだが

そのあとに待ち受ける生活手段を得るための「仕事」

シゴトに就くまでが、これまたタイヘンなのだった💦

 

「書字をしなくていい仕事」ってなかなかありそうでない

と、その当時、若いころは思っていた

むかしは、ワープロもパソコンもなかった

 

そう職業選択の「不自由」を痛感していた💦

 

 

小中高大といろんな役職に就いた

学級委員、級長、生徒会副会長、幹事など

リーダーになりたかった

中心に居たかった

 

学校を出て会社員になっても

上司や先輩たちに、とにかく「目立て」

良くも悪くもメダテ

でないと皆の記憶に残らない、と教わった

 

これを言葉だけをとらえて、実行したつもりの私は

浅はかだった💦思い出すのも恥ずかしい💦

 

目立つというのは人よりも派手な行動をすることばかりを

思い描いていた

そうではなかった

ワアワア騒ぐ人の横で、静かに読書するヒトも

これはこれで目立つのである

 

高級車に乗ることも、質素に自転車に乗ることも

同じく目立つことなのだ

 

人前に出るのが性に合わない人もいる

でも、しっかりと自分を見失わずに生きている

 

ソクラテスに「汝自身を知れ」という言葉がある

どうやら、自分の特性は何かを冷静に見極めた人が

ホントの意味で、目立つ人のようである😊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父は衣料品関係の材料を扱う

小さな会社を経営していたが

時代は既製服の世に舵を切ろうとしていた

私が二十歳のころ、経営が苦しくなり

それまではやったこともない株に手を出し

赤字を大きくしてついには倒産した💦

それ以来、私の中では、株はギャンブルで

やってはいけないことになった💦

 

ところが、学校を出て働き始めると

実家がすごい金持ちなわけでもないのに

いいクルマに乗ってるヤツがいるのに気付いた

仕事がそんなにできるわけでもない

 

あの頃は、車がとても欲しい時期である

株で儲けたらしい、といううわさを聞いた

 

ショックだった

株は普通の人がやるものではない、と思っていたから

しかし、親父の件があったので

まだやってはいけないものだった

 

ずっとのちになり

株はギャンブルではなく、立派な投資

資産形成の要(かなめ)だと知った

 

困ってどうしようもないときにやるものではなく

落ち着いて世の中を見渡せるようになった時に

勉強してやるものだと😊

 

株は投資だった