学校を出るのも大変だったが

そのあとの就職も怖かった

果たして、手のハンディを理解してもらえる会社があるのやら

 

ある企業に決まったとき

私は「手にハンディがあります」と会社の人に伝えた

ところが、その人は、その事実を会社に言わなかった

 

その人が悪いのではない

私のことを思ってくれて

障害があるのを隠そうとしたのかもしれない

いまとは違い、そういう時代だった

 

ハンディは、隠さなければならない時代だった

でもそこから悲劇が始まった💦

私は手にハンディがあり

様々な場面で困ったことに遭遇するのだが

そのひとつに「職業選択の自由」がある💦

 

学校に入るのも出るのも大変なのだが

そのあとに待ち受ける生活手段を得るための「仕事」

シゴトに就くまでが、これまたタイヘンなのだった💦

 

「書字をしなくていい仕事」ってなかなかありそうでない

と、その当時、若いころは思っていた

むかしは、ワープロもパソコンもなかった

 

そう職業選択の「不自由」を痛感していた💦

 

 

小中高大といろんな役職に就いた

学級委員、級長、生徒会副会長、幹事など

リーダーになりたかった

中心に居たかった

 

学校を出て会社員になっても

上司や先輩たちに、とにかく「目立て」

良くも悪くもメダテ

でないと皆の記憶に残らない、と教わった

 

これを言葉だけをとらえて、実行したつもりの私は

浅はかだった💦思い出すのも恥ずかしい💦

 

目立つというのは人よりも派手な行動をすることばかりを

思い描いていた

そうではなかった

ワアワア騒ぐ人の横で、静かに読書するヒトも

これはこれで目立つのである

 

高級車に乗ることも、質素に自転車に乗ることも

同じく目立つことなのだ

 

人前に出るのが性に合わない人もいる

でも、しっかりと自分を見失わずに生きている

 

ソクラテスに「汝自身を知れ」という言葉がある

どうやら、自分の特性は何かを冷静に見極めた人が

ホントの意味で、目立つ人のようである😊