地中海の中央から東へ向かってイスラエルが弾道ミサイルを発射
地中海の中央から東へ向かってイスラエルが弾道ミサイルを発射、シリアへの攻撃に対する風当たりが強まって攻撃が先送りになる中、米政権への恫喝という見方も...
9月3日の6時16分(GMT)/9時16分(ダマスカス時間)/15時16分(日本時間)に地中海の中央から東へ向かって2発の弾道ミサイルが発射されたことをロシアの早期警戒システムが探知した。
2発とも海中に落ちたが、シリアに向かって発射されたと思われても仕方のない状況だった。
その後、イスラエル軍の発射したミサイルだということが判明する。
イスラエル国防省によると、アメリカと合同で行った防空システムのテストにともなう発射だというのだが、事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告はなく、通常のテストとは言えない。
アメリカ軍はこのミサイル発射に関与していないとしている。
シリアやロシアのミサイル探知能力を調べた可能性もあるが、シリア攻撃を延期したアメリカ政府への恫喝とも考えられる。
アメリカの軍艦がシリアの近くにいるとき、例えばイスラエルの潜水艦がミサイルを発射し、シリアが反撃してアメリカの艦船が被害を受けた場合にどうなるだろうか?
1964年7月30日に南ベトナムの哨戒魚雷艇が北ベトナムの島を攻撃した。
攻撃した哨戒艇はすぐに姿を消すが、その海域ではアメリカの駆逐艦、マドックスが情報収集活動をしていた。
31日にアメリカ海軍の特殊部隊SEALのメンバーふたりに率いられた南ベトナム兵部隊が再び島を襲撃、北ベトナム軍はマドックスを攻撃する。
アメリカ政府は北ベトナムが先制攻撃したと宣伝、8月7日にアメリカ議会は
『東南アジアにおける行動に関する議会決議(トンキン湾決議)』
を可決し、本格的な軍事介入につながった。
似たことが中東で起こる可能性がある。
1967年6月7日にはアメリカの情報収集船のリバティはイスラエル軍から執拗な攻撃を受け、乗組員34名が死亡、171名が負傷している。
これだけの被害ですんだのは、船が何とか沈没を免れ、通信兵が寄せ集めの装置とアンテナでアメリカ海軍の第6艦隊に遭難信号を発信、アメリカ軍が緊急体制に入ったからだ。
この時、ロバート・マクナマラ国防長官はソ連軍がリバティ号を攻撃したと思ったと後に告白している。
リバティ号が沈没し、第6艦隊へ連絡できなければ、アメリカとソ連が軍事衝突する可能性もあった。
目的のためならアメリカ軍の艦船も攻撃するのがイスラエル。
そのイスラエルと同盟関係にあるサウジアラビアは1975年3月にファイサル・ビン・アブドル・アジズ国王が暗殺されてから親米色を強め、イランでイスラム革命が成功してからイスラエルとも結びついた。
おそらく、イスラエルとサウジアラビアが行った最初の合同プロジェクトは、ズビグネフ・ブレジンスキーを中心として展開されたアフガニスタンでの秘密工作。
『イラン・コントラ事件』でも両国の名前が出てくる。
アフガニスタンで作り出したのがイスラム武装勢力であり、そこからアル・カイダも生まれ、その武装集団をサウジアラビアが操っている。
楽天ブログ《櫻井ジャーナル》
記事引用。
[2013/09/04 03:11:02]