日本銀行は金融政策決定会合で、大規模な金融緩和の継続を決めたということです。日銀が28日に示した「展望」では、今年度の物価(生鮮食品を除いた消費者物価指数=コアCPI)の上昇率の見通しを1.9%に引き上げたものの、2023年度と24年度はそれぞれ1.1%に下振れする見通しを示しています。日銀の現時点の予測が正しければ、今年度はエネルギー価格の高騰により物価上昇目標の2%に近づくものの、来年度以降は落ち着き、デフレ脱却には至らないようです。

 

 そんな最中、渡辺努東大院教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)をここ数日、一気に読みました。物価のメカニズムに焦点を絞った解説書で、経済学にありがちな難しい数式はありません。数学が苦手な私のような文系人間でも、とても面白くためになります。

 経済学の基本原則では、金融緩和をして市場に資金供給すれば、物価は上がるとされます。アベノミクスの一つの柱でもありますが、「大胆な金融緩和」によって物価や賃金が上がり、国民の暮らし向きが豊かになるという算段でした。その結果、円安(円高是正)と株高は実現していますが、物価はなかなか上がりませんでした。何故でしょうか。

 

 エコノミストの間では、ゼロ金利やマイナス金利で金利をめいっぱい下げきっているので、金融緩和を続けても景気刺激策にならない「流動性の罠」が生じているとも指摘されます。

 

 一方、渡辺教授は物価が上がらない主な原因として「企業が価格を動かさない」ことを挙げます。企業には「需要や原価の変化を見極めるのに時間がかかる」「競合他社の動きを見極めるのに時間がかかる」として、不確実性を嫌って値上げをためらう「価格据え置き慣行」があるというのです。難しい言葉では「価格の硬直性」と言います。

 

 渡辺教授によると、日本の消費者には、欧米諸外国と違って「値上げを断固拒絶する」風潮があるといいます。このため、企業は食品などの価格を維持しつつも、中身の分量を減らす「ステルス値上げ」(=実質値上げ)を行うわけです。

 

 コスト高になっているのに価格が維持されれば、一消費者としては有難いように見えます。その反面、一労働者としては賃上げがされないことをも意味します。渡辺教授は、価格転嫁できずに活力を失っている我が国の体質に警鐘を鳴らし、企業が「価格支配力」を持つように促しています。

 

 以下は、渡辺教授の書籍とは離れた個人的感想ですが、我が国で「値上げは許さじ」という風潮が強いのは、企業が内部留保を溜め込む一方、賃上げがなかなか行われないため、消費に回す余力が大きくないことがあるのではないでしょうか。やはり、賃上げの実現は待ったなしである。そんなことを考えさせられました。