4日は、桜ケ丘駅東口で朝立ちした後、市議会の広報委員会に出席。その後、5月臨時議会に向けた会派の打ち合わせもありました。
 
 ポカポカ陽気となった同日、市内でも少しずつ桜が咲き始めました。写真は、市役所の横の市立病院の桜です。
 
 
 さて、森友学園の問題を機に、教育勅語そのものがクローズアップされています。4日のNHKニュースでは「文部科学相 教育勅語を道徳教材に用いること否定せず」と報じていました。教育勅語を否定しなければ、「戦前回帰」とか「軍国主義」とレッテルをはる一部の風潮には、賛同しかねます。
 
 教育勅語は、明治天皇が1890年(明治20年)、欧化主義思想の急速な拡大によって徳育が混乱していた状況を踏まえ、国民道徳や国民教育の根本理念を全国に示したものです。戦前の軍国主義と結び付いたため、罪悪視されており、目の敵のような扱いを受けています。
 
 
 今回、教育勅語をなぞって筆写し、改めて読んでみました。この中で、いわゆる「12の徳目」とされる部分を抜き出すと、以下のようになります。
 
(原文)
爾臣民 父母ニ孝ニ
兄弟ニ友ニ 夫婦相和シ
朋友相信シ 恭儉己レヲ持シ
博愛衆ニ及ホシ
學ヲ修メ業ヲ習ヒ
以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ
進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ
常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ
一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ
以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
 
(口語訳)
あなたたち臣民は、父母に孝行し
兄弟は仲良くし、夫婦は協力し合い
友人はお互いに信じ合い、人には恭しく、自分は慎ましくし
広く人々を愛し
学問を修め、仕事を習い
知能を伸ばし、徳行・能力を磨き
進んで公共の利益に奉仕し、世の中のために尽くし
常に憲法を重んじ、法律を守り
もし危険が迫れば、忠義と勇気をもって公のために奉仕し
天下に比類なき皇国の運命を助けなければなりません。
 
 私は主権在民の時代に生まれていますから、冒頭の「臣民」といった表現には違和感を感じます。最後の「一旦…皇運ヲ扶翼スヘシ」のくだりは、「軍国主義を助長した」としてやり玉に挙がります。軍国主義を肯定するつもりは毛頭ありません。
 
 一方、今の時代に置き換えて考えます。東日本大震災の発生時に、津波から逃れるよう防災放送で呼びかけ続けてお亡くなりになった宮城県南三陸町の職員がいました。これは「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」を体現していますが、自己を犠牲にしてまでも多くの命を救った行動は、私は尊いと思います。
 
 勅語自体が神聖視されるなど、使われ方は良くなかったと思いますが、ここに掲げられている徳目の骨格は、普遍的な価値観であり、誰しもが否定できないでしょう。仮にこれら12の徳目すべてが危険思想であるならば、「父母、兄弟、夫婦、友人は他人であるから信じず、勉強や仕事をしても仕方ないからニートになり、あくまで自分ファーストで過ごし、法律は守らず…」が推奨されることになります。
 
 10年前ですが、前職で文部科学省を担当していた時に、戦後の教育行政に尽力した元文部官僚で教育学者の奥田真丈さん(故人)のご自宅を伺って、個別にインタビューしたことがあります。奥田さんは生前、「教育勅語の内容は、学習指導要領の道徳に盛り込んである」という趣旨の話をしていました。とても感銘を受けた記憶があります。
 
 政府は、この問題をめぐってブレないでほしいと切に願います。