田辺聖子「欲しがりません勝つまでは」 | tangerineのブログ

tangerineのブログ

広島で音楽活動中。DTMレッスン、レコーディング、演奏...。
シンセサイザー、ギターシンセ、iPad、ウォーターフォンなど使った即興演奏が中心。
ソロ活動以外では即興ユニット「上八木IBM」に参加。

以前図書館で借りてきた、田辺聖子「欲しがりません勝つまでは」 で印象に残った箇所をノートしておいたデータがあったので貼っておきます。

 


この頃は町が暗くなったので、日暮れの女の一人歩きを学校でも家でもやかましく注意されている。
むろん、こういう注意は新聞には載らない。
大きな声では言えないけれど、どこかの防空壕へ女の人が引っ張りこまれて殺されていたとか、言う話は、町の人々の口から口へ伝えられた。
新聞は、朝日新聞も毎日新聞も勇ましい皇軍の大戦果や、けなげに働く戦時下の国民の意義、田舎に疎開して元気に暮らしてる小学生たちの姿ばかり伝えている。



ドイツの青少年は、祖国の栄光を守るために、少年まで銃をとって戦っているという。「ドイツ青少年に負けるな」という言葉がこのごろはよく聞かれる。

もう十九年の新学期からは、着物やはかま姿を見ることはなくなった。
町内では竹槍訓練や防空演習が、毎日のようにある。男の人は軍事教練に狩り出されるのであった。新聞にはお相撲さんまで鉄砲担いでゲートルを巻いて行進させられてる写真がある。国技館は閉鎖され、大相撲もなくなった。歌舞伎座も閉鎖された。動物園の猛獣たちはもし空襲になって町へ逃げ出したりすると恐慌をきたすし、地方へ送るといっても輸送は簡単にゆかなくなっているので、毒殺されてしまった。~
町の商店は、ほとんど戸を閉めていた。もう売る品物が何もないのだ。デパートもガランとしていた。行列があるのは配給物のある所だけである。



フィリピン沖では大きな海戦があった。~ 大本営発表では日本の海軍が勝ったように報じられるが、本当なのだろうか?朝日新聞には「赫々相次ぐ戦果」として、やっつけた敵艦の数など麗々しく報じられているが、それでも敗色はどことなくにじみ出て大本営発表も、うそらしい匂いがする。アメリカ軍はレイテ湾に上陸したという。大変な事態である。

弟の中学では英語のかわりに、盟邦国ドイツ語を正課に取り入れているのだ。

思えば、防空訓練も、灯火管制も、みな、ちょろこいままごと、茶番劇に過ぎない。
ホンモノの空襲は、バケツリレーなど遊戯みたいなことしてるひまはないのだった。
防空七つ道具といった、ぬれムシロや火叩き、ハシゴ、バケツなどというものは、一発二発の爆弾相手のものなのだ。百機、二百機の編隊が来て、じゅうたん爆撃と人の呼ぶ、雨のようにバラバラと爆弾が降ってくる空襲になると人はもう悲鳴をあげて逃げまどい、防空壕で身をすくめているだけである。救護訓練なんて習ったけど、そんなこと現場でしてる暇があるかどうか疑わしい。

もう町には文具店も店をあけていなくて、ノートを買うことはできない。