今夜はこの時期にピッタリな作品と思いメンテナンスしました。
伊藤 敏博さんの「りふれいん」。
過去記事はこちら。(リンク貼ってます)
→「1983年(その1)」
リリースは1983年3月3日。
作詞/作曲は佐々木 幸男さんで、編曲(アレンジ)は平野 孝幸さん。
佐々木 幸男さんが1980年2月にリリースした同名曲のカバーです。
佐々木 幸男さんには申し訳ないのですが
初聴きが伊藤 敏博さんの「りふれいん」でしたので
個人的に「オリジナル」は伊藤 敏博さんのバージョンなんですよね……。(^_^;)
でも佐々木 幸男さんの「オリジナル」も味があって好きです。(*^^)v
今回のメンテナンスでは佐々木 幸男さんの「オリジナル」も掲載しました。
伊藤 敏博さんは高校卒業後、
日本国有鉄道金沢鉄道管理局(現・JR西日本金沢支社)に就職。
北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)親不知駅運輸係、
富山車掌区列車掛を経て同車掌区車掌として勤務されます。
車掌区在職中に製作した「サヨナラ模様」が
1981年のヤマハポピュラーソングコンテスト・第21回つま恋本選会で
グランプリを獲得。約70万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
デビュー後もシンガーソングライターとして活動する傍ら、
引き続き富山車掌区の車掌として城端線、氷見線、富山港線、高山本線、
神岡線、北陸本線の列車に乗務したことで
「車掌さん歌手」「シンガーソング車掌」として話題に。
「青春18のびのびきっぷ」(現・青春18きっぷ)の
キャンペーンソングを歌うなど国鉄のPRにも貢献しますが、
国鉄の副業規定禁止の規則に則り、
印税収入は受け取れたがテレビ出演など全てノーギャラだったそうです。
国鉄分割民営化に伴う職場環境の変化で1985年から休職。
全国でコンサート活動に取り組まれます。
そして国鉄最後の日となった1987年3月31日付で国鉄を退職されました。
退職後は家業の漁業を手伝いながら音楽活動を継続。
現在も北陸地方を拠点に活動を続けられています。