製造業の海外移転が電力価格の上昇で加速 | スクランブル交差点

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 内閣府は、東日本大震災が経済活動に与える影響の推計を公表した。これによると、2011年度の生産減は最大2.75兆円だが、これは実質GDPの0.5%程度に相当する。しかし、この程度の影響で済むとは、とても考えられない。

 なぜなら、今後の電力制約は極めて厳しいからである。内閣府の試算では、この要素は考慮されていない(「不確実性が高く、各経済主体の対応如何により影響が左右されることから、具体的な値の算出は困難」としている。考慮されているのは、設備の損壊と部品の供給不足である)。しかし電力制約こそが、最も重要な制約なのだ。

 それがどの程度のものかを試算しよう。東京電力の場合、今年の夏の需要6000万キロワットに対し、今後の火力発電所の復旧があっても供給能力は4500万キロワット程度にとどまると見られる。したがって、需要を25%程度カットする必要がある。すべての需要が同じ率で減少すれば、企業使用の電力も25%減少する。削減は7~8月のみでは済まず、12月以降も10%程度の削減が必要となる可能性が高い。すると、11年度の使用電力は7%程度減少する。

 他方で、09年度の特定規模需要の販売電力量は、東京電力が1727億キロワット時、東北電力が499億キロワット時であり、この合計は全国(5283億キロワット時)の42.1%だ(注1)。したがって、日本全体の企業の電力使用は約3%減少する。経済活動が同率だけ縮小するとすれば、GDPは約3%縮小する(注2)。

 これは、内閣府の見通しをかなり上回る。つまり、設備が災害によって直接損壊された影響よりも、健全な生産設備を電力不足で稼働できない影響のほうが、はるかに大きいと考えられるのである。

 (注1)特定規模需要とは、電力事業の自由化対象となる大規模な需要。なお、企業が使用する電力には「低圧電力」に分類されるものもあるが、特定規模需要の1割以下である。

 (注2)大和総研は、電力供給が1%減少すると鉱工業生産は0.92%減少し、鉱工業生産が1%減少するとGDPは0.3%減少するとしている。この弾力性を用いれば、GDP減は1%程度となる。ただし、電力供給と生産の弾力性は1より高いとの見方もある。また、計画停電では生産スケジュールが攪乱されるので、影響が大きい。

■国内需要を満たすため製造業が海外で生産

 夏以外の季節では、量的には必要電力のかなりは確保できるだろう。しかし、火力発電の比率が高まるから、電力コストは上がり、生産コストも上がる。したがって、製造業の日本国内での活動は難しくなる。円高によって、10年秋以降、生産拠点の海外移転が始まっていたが、それが加速する可能性が高い。

 これは、「日本人が使うものを、アジアの労働力を用いてアジアで作る」ということである。

 こうした生産方式は、1990年代から、電気器具では一般的なものとなっている。アジアの現地企業に生産を委託(OEM)し、それを日本に輸入して販売する方式だ。自動車でも、同じことが進んでいる。スズキはハンガリーで生産したスプラッシュを、日産自動車はタイで生産したマーチを日本に輸入している。

 日本が輸入する際の関税を引き下げたいのなら、外国の承認なしに日本だけでできる。そのためにFTA(自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)といった仕組みは必要はない。これまでは、日本で作った部品を生産地に持ち込む際に関税がかかるので、それを下げるためにFTAが必要と考えられてきた。しかし、部品まで含めて現地で生産すれば、その必要もなくなる。

 また、製造業では、IT機器に顕著に見られるように、「水平分業」の方式が進展しつつある。これは、一つの製品を全世界のさまざまな企業が一部分づつ分担して生産する方式だ。水平分業化を進めているアップルは、今回の日本での災害によって、部品調達に支障が生じる可能性があるとした。ただし、調達先を韓国やアメリカのメーカーに切り替えることも可
能だという。

 最近の日本企業が展開しようとしている戦略は、アジア地域の中間層の需要を取り込もうというものだ。しかし、それでは、低価格競争に巻き込まれて、日本企業が疲弊する。

 本来目指すべきは、他でもない日本国内の需要なのだ。これこそが日本企業が最も得意とする分野であるはずだ。

 こうした変化が生じれば、日本国内での雇用は失われる。ただ、今後数年間は、東北地方で社会資本や住宅を復旧するための仕事が増えるので、かなりの雇用が創出される。その間に、国内でサービス産業を立ち上げ、新たな雇用を創出すればよい。これは、本連載で主張してきた方向である。電力コスト上昇と円高がそれが加速するのだ。

 日本での生産条件が厳しくなるといっても、日本からすべての製造業がなくなるわけではない。優れた技術力を持つ企業は、世界的な水平分業のネットワークに参加し、日本で生産活動を行えばよい。ただし、それは電力コストの上昇にも円高にも耐えることができる企業である。

 海外で企業があげた利益が日本に送金されれば、国際収支では、所得収支が増える。それが増加する輸入を賄って、経常収支の悪化を防ぐことになる。日本から失われるのは、労働者に対する賃金と生産地での地代、それに現地国に支払う税である。

■海洋国家日本の特性を活かすべきだ

 日本人が使うものを海外で作って日本に運ぶのは、一見すると非効率にも思えるが、そうではない。

高度成長期、日本は海外から資源を運び、日本で製造した。それまで日本国内の石炭に依存していたものを、海外で産出する原油に転換した。この転換は、もちろん摩擦なしに実現したものではない。その象徴が、60年代の三井三池炭鉱における激しい労働争議だ。

 しかし、それによって高度成長が実現した。日本は海に囲まれた国なので、国内の資源を使うより、海外の資源を輸入するほうが効率的なのである。アメリカより効率的に生産ができた大きな理由はここにある。内陸部の石炭や鉄鉱石をアメリカ国内の工業地帯に陸路で運ぶより、日本に運ぶほうがコストが安かったのだ。「日本に鉱物資源がないこと」が、日本の製造業の発展に寄与したのである。「日本は天然資源に恵まれないから不利だ」と考えている人が多いのだが、まったく逆なのだ。

 同じことは、製造業が生産した製品についても言える。タイやベトナムやインドで作ったものを海路で日本に運ぶことは、国内生産に比べて格別コストを高めるわけではない。むしろ、さまざまな点でコストは低下する。

 これまでもそうした転換が必要だった。いまは、その転換を加速化するチャンスである。今回の大災害が1000年に1度のものならば、それによって日本の産業構造が一変したとしても、当然のことだ。その変化を促進するのは、電力価格の上昇(原油価格の上昇は世界的な現象だが、電力価格の上昇は日本に特有の問題だ)と円高だ。これらを阻止してはならない。阻止すればきしみが大きくなる。結局はそうならざるをえないのだから、この変化を先取りした企業が勝者になる。

(週刊東洋経済2011年4月9日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110413-00000000-toyo-bus_all