今週は「分散的注意」の話である。

そもそも「集中力」とは脳内のセロトニンが活性化している状態で一般的には 数秒でピークを迎え 10~15分で切れる、と前々回のブログで書いた。

野球というスポーツは3時間を越えることも多々あるわけだが、こういう場合、最後まで集中力を切らさない為にはどうしたら良いのか、という疑問が湧く。

さらに言うと、脳科学の先生によると、一度集中力が切れると20分は戻らないらしい。となれば野球に限らず、どのアスリートもこの問題に直面していることだろう。集中力が切れれば、パフォーマンスに影響を及ぼす事は間違いないからだ。

驚きのデータがある。現代人の集中力のピーク時間は2000年には12秒あったらしいが 今は 8秒にまで低下したというのだ。因みに金魚は このピーク持続時間が9秒なのだそうで「現代人の集中力は 金魚以下」だとも書いてあった。

現代人の集中力低下はスマホの影響だそうで、スマホをいじっている時間が長い人ほど 集中力が低い、というデータもあるそうだ。スマホの影響力恐るべし、である。

スマホの使用は極力控えたとして、集中力を上手く持続させられるか、はアスリートにとってとても重要な事である。

結論から言うと、これはON-OFFがカギなのである。ずっと集中しているのではなく、集中したらリラックス、また集中したらリラックスとこまめにON-OFFを切り替える事が必要なのだ。

野球はインターバルのスポーツだ。投手が1球投げると、次の投球までに必ず一定の時間が開く。インターバルの間も含めてずっと緊張状態だと、あっという間にスタミナ切れになるだろう。

また、集中力を最小限に絞ると、そこから最大限にあげるという作業がなかなかできない選手もいるだろう。つまり、ここで集中力の出力を最小限まで下げたり、最大限まで上げたり、と切り替えを上手くできる選手こそが一流のアスリートだという事なのだ。

以前に「交感神経」と「副交感神経」の話をしたが、練習で出来て、試合で上手くいかないのは、その人の技量ではなく、往々にして自身や人間の身体の仕組みをよく知らないために起こる現象かもしれないのだ。

もし、自分が良いパフォーマンスが出来ない原因が「メンタル」と考えているならば、自分の性格や身体の仕組みをもっと理解すべきなのだ。

このことはより選手を客観的に見れる指導者が知識として持っていなければならない事ではないだろうか。指導者が個々の選手の性格や特長を正しく認識、分析しそれに応じた指導をする事が必要なのだと思う。

しかし、実際にはそんな指導者はなかなかいない。いないのならば、自分で勉強するしかないのだ。

我々の時代は指導者には野球観や倫理観を押し付けられた。つまり、常に受身の状態であった。ただ、それはそれで、良かったとも思っている。言われたことをやっていれば良いのだから。しかし今の時代は 受身から脱却して自主性を重んじる時代だ。ネットで調べようと思えばいくらでも調べられるツールがある。情報を得て、自ら考え、そして実行する時代なのだ。

さて本題に戻って「分散的注意」の話だが 、分散的注意とは「物事に広く注意を向け 全体を把握する事に注意を注いでいる状態」だという。

普通、集中力と言えば一点を凝視した「選択的注意」を指すのだが、野球の場合、「分散的注意」の方をよく使う。特にディフェンスの時に使う。例えばピンチを招いた時、内野手なら、今は何イニングで、何アウト、点差が何点で、速い打球の対応やボテボテの当たりの対応、外野へ飛んだ時の自分の動きや位置、そしてカバーリングやサインの確認、打者によってはバントやセーフティ・バントの準備、太陽の位置と風の向きや強さ、と準備する事は多い。

ゴロだって、イージーなバウンドから難しいバウンドもある。こう来たらこう、こう来たらこう、とグローブを出す準備もする。全ての準備を整え、1球に集中するのだ。

試合前の確認作業も多い。これらの作業を怠れば、致命的なミスにつながる事もある。また、ミスをしたくない、とか、チームに迷惑をかけたくない、という気持ちが強くなってくると、どんどん緊張してしまう。

こうした緊張は「必ず」と言っていいほど、ネガティヴな考えへと導いていく。そして、極度の緊張と不安がもとで、一つ、二つと準備を怠り、大変なミスをしてしまうのだ。

ブログ読者の皆さんの中にもこのようにミスをしてしまった経験をお持ちの方も いらっしゃると思う。私も そのうちの一人だ。

しかしこんなにも大事な「分散的注意」という集中力なのだが、そもそもこのこと自体苦手だという人も多いのだそうだ。つまり、脳がそのような処理をする事を不得意とする人のことだ。

これを改善するには普段からの訓練が必要である。脳は無限の可能性を持つ、という。「分散的注意」を常に意識し、訓練すれば それなりに集中力を上げる事ができる。

もちろん、幼い頃から「集中力」の訓練をしていればさらに効果は絶大である。ただ、大人になってからでも遅くはない。「脳」を刺激し「分散的注意」の訓練をすれば、違う自分が見つかるかもしれない。

常に 視野を広く 全体を把握する事に注意すれば 誰しもその能力がアップする。実は何を隠そう、私も「脳」の訓練を始めたばかりである。皆さんも如何だろうか?


さて、今週のタイガース、糸原がやってくれた。

甲子園での巨人戦で、3連敗だけは防ぎたかった。9回表に追い付かれた時、嫌な空気が流れた。それを払拭したのが糸原だった。

マシソンの高めのストレートを打ち返した事も、引っ張って本塁打した事も彼の自信に繋がったと思う。

糸原という選手は明治大学2年生の頃は、8番か9番バッターだった。東京六大学野球のリーグ戦は 1日2試合で 第一試合は プロ併用日は 10時、そうでない日は12時に試合開始する。

まだ勝ち点が取れていない時の第一試合の場合、試合後は当然のように母校のグランドに戻って練習をする。明治大学は府中市にあるのだが ここで糸原は 下級生の頃、まったくと言っていいくらい打てなかった。

糸原は当時、善波監督に将来を期待され、打てないことが続いても、試合に出場していた。あの頃は試合後、「糸原が打ったところを見たことがない」と明治大学関係者の席から聞こえてきたこともある。

私は時々明治大学には指導に行っていたのだが、糸原に打撃指導をした事はそれまで無かった。それは 偶然の話で たくさん部員が居るので A・B・Cと30名ぐらいずつグループ分けしているのだが 上級生の選手を指導する事が多く、下級生の糸原まで 手が回らなかったのだ。

Aチームが 1軍という訳だが、ある日の第一試合後、府中のグランドに行くと糸原がバッティングをしていた。「糸原が打ったところを見たことがない」という言葉が私の耳に残っていて、どうしても彼を指導したかった。

私はその時、ふがいなく試合に負けた事もあり、少しイライラしていたのだが、糸原のバッティングゲージの後ろに立ち、顔を見た時、そのイライラが吹っ飛んだ。

その表情は今にも泣きそうで、敗戦の責任をひとりで背負っている感じだった。その思いに強く感じ入り、私はつきっきりで彼を指導した。

そのことが役に立ったのかどうかは 分からない。しかし彼はその後8番バッターから7番バッターへ、7番バッターから1・2番バッターになり、4年生の時には4番打者をも打つようになっていた。

そんな人一倍、バットを振った努力家なのである。しかし、先週も書いたが、プロの世界はとにかく厳しい。これからはもっと飛躍しないとレギュラーにはなれない。

なにしろ、次から次へとルーキーや外国人選手が入ってくる。糸原には不動のレギュラーになる為に、初心を忘れず、より一層の努力をして欲しい。