2章
~ともえとちえ~
一番最初に受けた授業はオーラル英語というやつだった。担当の教授はアンソニーだかトムだかといった彫りの深いアメリカ人だった。くるりとした金髪に高い鼻が特徴的なその教授は簡単な挨拶をした後、一人ずつ英語で自己紹介をするよう言った。きっとわたしたちの緊張を和らげるためだったのだろう。わたしが通う大学は世間一般でいうところのお嬢様学校というイメージがある。実際、そういう人も多い。わたしのような人とは住む世界の次元がまったく違うような子ともすれ違ったこともあった。そういう子の多くはあまり好きになれなかった。
そんなことを考えながら、ひとごとのように同級の自己紹介を聞いていると、自分だけがクラスから取り残されてしまったような感覚になった。ある人はとても社交的に、またべつの人はびっくりするくらい内気だった。だから自分の番が回ってきたとき、何も考えていなくて、ついわたしは友達が一人もいませんと口走ってしまった。言った後に、とても後悔した。ああ、またやってしまったと思った。
クラスにいくらかばかりの失笑が漏れた。くるりとした金髪で彫りの深い教授はさっそく問題のある子だと目をつけたことだろう。眉間にしわを寄せて何やらノートに書きつけていた。教授がどうやってわたしを注意したものか思案しているうち、次の子が立ちあがった。
「じゃあ、わたしと友達になってください!」
すぐ隣で必死な表情をした子が、わたしに向かって声を張り上げていた。
その子はテレビに出ても通用するくらいすらっとした肌の白い美人で、まるでモデルか何かみたいだった。少し白すぎるくらいの肌がよけいに繊細さと可憐さを際立たせていた。きっと友達も大勢いるのだろうと思った。
その子がわたしに向かって手を差しだした。まるで握手を求めているみたいに。少し震えていたので緊張していたのかもしれない。教授は呆気にとられていたが、すぐに表情を崩し、大げさな身振りで拍手をした。「すばらしい!」そういうような類のことを言ったと思う。
それを機にクラスの空気が少しだけ和らいだ。
誰もが彼女にいい印象を抱いたことだろう。
もちろん、わたしも彼女のことがひと目で好きになった。
「よろしくね、ちえ」よどみのまったくない英語だった。
わたしはおずおずと、その手をつい取ってしまった。
御坂ともえはお金持ちで頭もよくて、おまけに美人だった。そんな子をまわりが放っておくわけがない。わたしみたいな人間とどうして親しくしたいと思ったのかは分からなかったが、わたしたちは不思議なくらい仲良しになった。空いた時間は構内のベンチでくだらない話をしたし、昼休みはいつも学食でご飯を食べた。わたしはいつ彼女が正気にかえって、もう友達ごっこは終わりよと言われるか心臓がどきどきしていた。
十月が過ぎた頃、ともえは急に学校へ来なくなった。風邪でもひいたのだろうと思った。そのうち、皆が心配しだした。電話もメールも一切通じなかったからだ。ある日を境にぱったりと音信不通になってしまった。ともえがいなくなったというだけで、それからのわたしの大学生活は一気に色あせてしまった。もちろん、休み時間に一緒に話をしたり、ご飯を食べたりするような子はいた。けれども、その子たちの目当てはともえであって、わたしじゃなかった。だから自然と距離を置くようになった。いや、本当はわたしのほうが避けていたのかもしれない。
あるとき、心配したアンソニー教授がともえのことを尋ねてきた(もちろん、わたしのことを心配したわけではない)。アンソニー教授は天地が裂けるのではないかというような深刻な顔をして、ともえの将来についてあれこれ話した。このままでは単位を取れなくなってしまう。そうすると進級するのも難しくなる。何か聞いてないか。
わたしはそのとき、人と話したのが本当に久しぶりだったので、あまり上手く答えることができなかった。アンソニー教授は首を傾げると、この子から目当ての物は受け取れないと判断したらしい。目の前に座っていた女の子にまったく同じ話をした。
「最近見ないよね、ともえちゃん」前に座っていた女の子が言った。
「うん、どうしたんだろうね」
ともえはもう一ヵ月以上、学校へ来ていなかった。どこで何をしているのかも知れず、その理由を誰も知らなかった。アンソニー教授はともえのことを心配していたようだが、わたしのほうが比べ物にならないくらい心配していた。
「最近なんかじゃない」
わたしは思わず口走った。
「え?」驚いた女の子が後ろを向いた。
「ぜんぜん、最近なんかじゃない!」
つづく