毎週土曜に東京新聞・中日新聞の夕刊のコラム、

『紙つぶて』に書かせていただいておりますので、

ここでは、原文でご紹介しております!

今回は1月14日掲載分です。

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『目の力』


「目を合わせてもらえなかった。」

野球ファンの友人が痛くがっかりして言った。

彼の息子の中学に元プロ野球選手が講演に来たそうだ。

廊下を歩いている姿を見つけ、思い切って握手を求めたら、

手は出したが、視線はほかへ。

この話を聞いて思い出したことがある。もうニ十年以上も前になるが、

島倉千代子さんにお話を聞く機会があった。ファンというのは目を合わせて

自分の存在を認めて欲しいと願う。そんな気持ちを察して島倉さんは

舞台の上では「Z視線」というものを実践していたそうだ。

それは視線の送り方をZの文字のように、会場の1番左奥から右横にすっと動かし、

今度は左手前に向かって斜めへ。そして、また右横へ。

客席は暗くてお客さんの顔は見えないけれど、こうすることでお客さんはみな

島倉さんと目が合ったように感じ、満足されるそうだ。このような深い配慮に

プロ魂と優しさを感じた。

 私も講演会で実践しようと試みるが、舞台とは違って客席が明るく、

1人1人の顔が見えてしまう。すると、悲しいかな反応が気になる。

反応が大きければ、こちらも乗っていけるので、そこは人情、頷いてくれる人ばかりを

見てしまう。

日頃、取材を受ける時も、きちんと見つめ頷いてくれる人には弱い。

あなたを認め、理解しようとしています、という姿勢に、ついつい余計なことまで

話してしまいうのだ。コミュニケーションにおいて目の力はかなり大きい。

(木場 弘子=キャスター、千葉大学教育学部特命教授)