『寅の刻でござる』
『寅の刻』とは?
干支(十二支)は
中国を初めとして
アジアの漢字文化圏において
時間や方位、物事の順序づけを
表すのに用いられた。
起源は
殷代の中国に遡る。
日本に歴暦が伝わったのは
古墳時代から飛鳥時代にかけてで、
百済より暦法や天文地理を学ぶ為に
朝廷は学問僧を招き、
604年、日本最初の暦が作成されたと伝えられる。
その後
1873年(明治6年)の頃
太陽暦が導入されるまで用いられていたのである。
一日を12等分に区切って
それぞれに干支の「十二支」を当てて
「十二時辰(じゅうにじしん)」としていた。
さらに
一時(いっとき)は約2時間
半刻(はんとき)=約1時間
四半時(しはんとき)=約30分
と言う表現も使われていた。
また
十二支は方位にも使われていた。
子は北、丑は南、酉は西、卯は東。
北東は丑寅(うしとら)と言い、艮の一文字を使い
北西は戌亥(いぬい)で、乾の文字を
南東は辰巳(たつみ)で、巽を
南西は未申(ひつじさる)で坤を
使っていたのである。
さて
『寅の刻』とは?
・夜中の3時から5時で
『寅の方角』とは?
・東北東である。


