アラフォーサラリーマン二児の父

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アラフォーサラリーマンの備忘録

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平成29年11月2日

この日に母が亡くなりました。

 

日中の介護は父と妻に任せ、仕事へと向かった私。

お昼過ぎに妻から、母の血圧が60を切ったと連絡があり、早退して帰宅してみると、苦しそうに浅い呼吸をする母の姿がありました。

 

明らかに昨日までと様子が異なっていました。尿の量も100mlほどしかありません。

 

呼吸が浅いせいで回数は10回以上あるのですが、血中酸素は80程だということでした。

 

下顎呼吸とまでは行かなくても努力呼吸を繰り返している母の横で、私は何もしてあげることができずにただ言葉をかけてあげることしかできませんでした。

 

徐々に顔を反らすような呼吸になってきたとき、母は自分の手で布団をどかし、薬を飲むかとの問いに首を振って拒否をしました。

明らかに意識がはっきりしている動作です。

訪問看護ステーションへこの時の様子を電話した時、まだまだ頑張れるはずだと言われましたが、実際は長くは持ちませんでした。

 

首を振って拒否をしてからわずか10分ほど。

 

私の見ている目の前で突然呼吸回数が10回以上から3回ぐらいまで急激に減っていき、ついには呼吸が止まってしまいました。

 

父と二人で声をかけても当然反応はありませんでした。

 

今までの闘病中も、絶対に生きてやると強い意志で頑張ってきた母は、死ぬ間際まで意識を保ったまま頑張っていたのかもしれません。

 

子供たちは皆結婚し、孫にも恵まれてまさにこれからという時に、病気と闘い、67歳という若さで亡くなっていしまいました。

 

今更ながら母の偉大さを再認識し、そして親孝行してこれなかったことが悔しくてなりません。

 

父に代わりに手配してきた葬儀を無事に済ますことが最後の親孝行になればと思います。

 

 

これまで300ml程で推移していた尿の量が増え始め、500mlまで達した後、今度は量が減少してきました。

翌日は300ml

そしてこの日は200ml程でした。

 

睡眠時の呼吸数は、8回ほどの時もありましたがこの日は12~13回で落ち着いていました。

 

尿の量は減ってきたけど、それまでの推移と変わらないような量だし、呼吸数も戻ったからまだまだ生きていてくれる。

そういう風に自分に言い聞かせていたように思います。

 

ですが、寝ている時間はさらに長くなり、呼んでも起きないことも多くなっていました。

 

背中を擦ってやることが一日に何回かあったのですが、この日は態勢を変えるのも辛いようで、結局擦ってあげることができない時もありました。

 

今となっては、元気な時にもっともっと擦ってあげれば良かったと思います。

これまでの数週間、300ml程度で推移していた尿は、この後徐々に減少していくと思われていました。

しかし、ここに来て母の尿の量は500mlまで増えてきました。点滴で輸液している液量とほぼ等しい量です。

 

心なしか母も若干調子が良さそうでした。シチューや春雨を少し味わってみたいなどと話すこともあったからです。

しかし、記憶があいまいになってきているようで、来ていない息子のことを話し出したり、飲んだ薬のことを飲んでいないと話していました。

 

以前、どなたかのブログで亡くなる直前に元気になることがあるという記事を読んだことがあったのでもしやという思いはありましたが、他の家族には話せないでいました。

 

今思うと、母のこの時が亡くなる前の一時の元気な時だったのかもしれません。

 

 

寝ている時間は確実に長くなってきているようで、会話途中に目を閉じることも増えてきました。

 

このころの母は、寝ているときは無呼吸状態もあり、1分間の呼吸数は8~9回でした。

このまま寝ながら息をしなくなるのかもしれないと、常にヒヤヒヤしながら顔を眺めていたのを今でも覚えています。

 

母の介護を主に引き受けている父。

 

体力的にというよりも精神的に厳しいようで私も週に何日かは介護休暇を取得することにしました。

 

その日の訪問看護師さんは帰り際に、「もってあと1週間ぐらいでしょう」との一言を残して帰っていきました。

 

脈拍が100回を超えることが多くなり、血圧も80以下になることが増えてきたからとのことです。

 

これから予想されることは、尿の量が減っていき、徐々に死を迎えていくとのことでした。

 

それから間もなく1週間。尿の量は一向に減りません。多少の増減はありますが、まだまだ母は頑張っています。

 

逆に頑張っているからこそ、苦痛に顔をゆがめている時間が長いのでかわいそうでなりません。

 

 

訪問診療の先生から、葬儀会社を決めておくようにとの話もありましたが、父はまだ受け入れられていないようだったので、すべて私の方で動くことにしました。

 

地元の葬儀会社、JA、生協、全国展開している会社まで相見積もりをとって比較検討する日々。

 

今更ながら、葬儀って大変なんだと認識しました。

少し前のこと・・・。

 

9月の下旬ごろから、自宅療養中の母が急に衰弱してきました。

 

それまで高カロリー輸液を1L使用していたものが、様々な理由でもっと低カロリーのものを半量しか使わなくなったのだから当然です。

 

それまでは自分で立ち上がり歩けていたのが、今では立つ以前に上半身を起こすこともできなくなりました。

わずか2週間で寝たきり状態です。

 

週1回来ていただいてる訪問診療の先生からは、ついに10月一杯持てば良い方でしょうとの言葉が出ました。

 

あぁ...ついにか...

 

宣告からもうすぐ2週間。毎日見るたびに顔色は悪くなり、生気が無くなっています。

 

つい先日も、本人の口から「こんなに苦しいなら早く死んでしまいたい」との言葉も漏れてきました。

 

励まそうにも言葉が出てきません・・・。

 

先生からはまた、葬儀会社を決めておくようにとも話がありました。

 

 

死期が近づいてる家族の状態を目の当たりにし、本人と他愛のない会話をしながら葬儀会社の見積を取る。

緩和ケアとは残酷です。