勉強を始める理由も出来、志望校も決まった2年の4月。



しかし実際に僕が勉強をし出すのは決意からの半年後、10月の始めでした。



特筆すべき理由もありません。
いつものデカダンな日常習慣がさせた、ただのやる気の無さからでした。



僕の家は母子家庭なので、経済的な理由から(はたまた自尊心的な理由から)、予備校や通信教育には一切頼らず、参考書とネットの情報のみでこの受験競争に身を投じることにしました。



効率良く偏差値を上げる為の良質な参考書を、独断と偏見と客観的評価で目星をつけ、それらの参考書を行うべき期間もまた自分で予定を組み、練り上げられた独学プランの施行開始日は10月1日。



10月1日から12月4日(この記事を書いた日より前日)までに読んだ参考書、また11月始めに行った進研模試の偏差値の推移も含めて、次の記事に列挙します。






プライドだけは高い僕としては、この一件で新しい目標が出来ました。








このハゲを見返す。








思えば大学進学率がほぼ100%のこの学校では、自分もいつしか進学を余儀なくされるのであって、大学を目指すことにたいそうな理由などいらない。

このハゲを見返して、ついでに周りに卑下されてきたこの状況をひっくり返して、今まで僕を下に見てきた人たちに一泡吹かせる。
自分は自分のプライドの為に、高い学歴を志す。



こんな理由でも、勉強を始めるのには十分だと感じました。





大学を目指すなら超一流。
誰にも馬鹿にされない、文句のつけようのない超一流。

理数科目が不得意な自分にとって、最大のコストパフォーマンスで望む、最も最短の努力で狙える超一流の門と見込んだ大学…





それが早稲田大学であり、僕が偏差値30台から目指す唯一の大学でした。






勉強面では完全に友達から見下される存在となり、先生からも見放されるそんな学校生活。

気付けば学年も2年へと持ち上がりました(数学で単位を落とした為、特別課題により進級)。



周りは皆受験を意識し始め、色々な大学名が話題へとのぼる日々。

ふと自分の将来について考えさせられる機会が増えた頃、猛烈な自己嫌悪に駆られる時がありました。



自分が未来に描くヴィジョンと、現時点では到底それに及ばない能力のギャップ。

この先の人生ももしかしたら、周りとの落差にプライドを傷つけられながらしかし努力の出来ない自分に妥協して、誰からも負け組と呼ばれる日がいつかは来るのではないか…



そんなメランコリーと葛藤の最中に、ついに僕が奮い立つ時が訪れました。





それはある時の学年集会、学年副主任の英語科教師の話の中でのこと。








「入学からの一年間、この一年努力を積んだ者には、最高で英語の偏差値を20上げた者がいる!しかし何も努力をしてこなかった生徒には、偏差値が10下がった生徒だっているんだ!!」








…これは俺のことか?
俺をダシに使ってるのか?馬鹿にしてんだろこのハゲがあぁああ!!!!









などと怒り心頭でその日の帰宅後、今までの模試の結果を引っ張り出して確認をしてみると、



入学当初の偏差値から一年後の偏差値、僕の場合、英語の偏差値に関してはなんと18下がっていました。



偏差値が10下がった生徒とは僕ではなく、僕は悪い例としても話題に上げて貰えない、むしろ存在すら無視されているのだとここで初めて知りました。