ユーイング肉腫と戦った娘モー子

天に昇る約1ヶ月半前

CaNowさんの企画で実現した

家族旅行のお話です。

 

 

 二泊三日の喜界島旅行の最終日

起床後、空港に移動

 

 

 

ガジュマルかな

また来るね

 

 

空港には

親戚と写真家のさかえさん

 

真顔お世話になり

本当にありがとうございました。

昨夜の素敵なライブ

私の中の喜界島の血が騒ぎ

踊りました

 

 

さかえさん「楽しかったですね。本当に。

あ、でも喜界島の人は結構シャイだから

あまりバンバン踊らないですよ笑」

 

 

真顔へ?うちの祖父母含め親戚は

みんな音楽なったら踊りますよ

ばあちゃんの葬儀でも踊ってました

 

 

親戚の叔母「○○家の家系やな〜踊るのは笑」

 

 

滝汗家系でしたか

 

 

 

 

親戚が見守る中

搭乗手続きをして

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました

お世話になりました

痛みを振り切るように

大きく手を振って

感謝を体いっぱいで表現

 

 

 

 

 

 

モー子:見ず知らずの私をこんなにも

歓迎してくれて、そして励ましてくださって

感激しました。温かい島でした。

こんな故郷が私にあるなんて

なんとも嬉しいでしゅ。

 (❁´ω`❁)

美味しいものもたくさんありましたね

パッションフルーツ

酸っぱいけどすごく美味しかった

ハマりそうでしゅ

 (*´艸`)

 

 

真顔熟れたら

さらに美味しいと思うで

(ちょっと早めのパッションで悶絶した↓)

 

【思い出】#10モー子喜界島に行く‼️CaNoWさん企画〜

 

 

モー子:お母しゃんは楽しめましたか?

 |д゚)

 

 

真顔もちろん。一番はしゃいだで

 

 

 

モー子:そうでしゅか・・。

頑張って来てよかった。

 (❁´ω`❁)

 

 

 

真顔また来よう!

元気になって、恩返ししないとね

 

 

 

モー子:はいでしゅ。

頑張りましゅよ。

 ( `・ω・´ )キリッ

 

 

 

 

楽しかった喜界島の旅行

痛みもそれなりにあったけど

周りの優しさが

モー子や私たちを

痛みや恐怖から遠ざけれくれた

 

 

京都に帰って

それから1ヶ月半

大変な日もあったけど

懸命に前向きに生きたモー子

最後まで頑張った娘を誇りに思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人娘が旅立ち

残された母親が考えることは

どんなことがあるだろう

 

想像すること全て

一通り考えた

 

 

モー子の後を無理やり追っても

モー子は悲しむだけ

私一人が消えても

世の中、全く影響もないやろし

いいことないな〜と思った

 

 

 

真顔50年もしたら

またモー子には会える

(100歳寿命設定)

 

 

頑張り抜いたその時に

 

 

モー子:さすが私のお母しゃんです!!!!

誇りに思います

 \(●°ω°●)/

 

と両手をあげて

笑顔で迎えに来てもらえるよう

頑張って生きる方が

ええなと考えた

 

 

生きるついでに

世の中の

赤の他人の誰かを

1人でも笑顔にできたら

満点もらえるかなと

 

 

真顔元々が

たいがいな人間なので

ハードル低めがありがたい

 

 

 

神様がいるかどうかはわからないけど

神様

「モー子を私に授けてくれてありがとう

あの子を育てさせてくれてありがとう」

 

 長い思い出話に

お付き合いいただき

感謝です。

 

 

次からは

ブログがまだ書けるなら

残された母、ココすけの人生大奮闘の日々と

娘が残してくれた

ココすけ塾のスーパー講師の先生方の

素晴らしい知恵を

書こうと

思ってます

 

フォローでも

こっそり検索でも

一見でも

なんでも構いません

数字気にしません

 

 

 

一番の希望は

あなたの

心の中に

「アホ人間が在籍できる席」

があるなら

そこに私をそっと置いてくれたら

光栄です。

 

 

 

 

 

(CaNoWさんのページ)

 

 

 

 CaNowさん医療者従事者向けのページ)

 

 

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