シバ大神オフィシャルブログ「アーナンダ、ダイレクトにいくぞ」 -98ページ目
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御受験

前の記事で少し書いたが、私はかなり受験をしていると思っている。


資格の試験は英検3級、スキー検定ジュニア2級ぐらいしかないが、


幼稚園・小学校・中学校・高校・大学と受けてきた。


別にどこそこ受かったという自慢がしたい訳ではなく(大学はもう2回落ちてるし)、


人よりも受験のいろんな経験をしてきているのではないかという話をしたい。




幼稚園受験は首都圏(ほぼ東京)の有名どころを何校か受けてきたが全部落ちたし、ほとんど覚えていない。


そして大学もまだ受かっていないのでやめて、小学校受験の話をしよう。


最初は大手の所に通うだけであったが、あまりの出来の悪さに親が小さな塾に入れた。


志望校を落とさせることなく合格率100%を守り続けていた塾であったが、そこではかなり酷い目にあった。


痛めつけることは無かったが、精神的にやられた。


分かりやすい話をすると、お手玉が出来ないために終電に間に合わなかったこともあった。


ただ他にその時間(というよりも普通の子供が帰る時間を過ぎる)まで残らされた話を聞いたことが無いので、自分があまりに出来が悪かっただけだったのかもしれない。


そしてそういう事が続いてそこを辞めた。


しかしそのお陰かお受験のほうは7校ぐらい受けて4校ぐらい受かった。


(ただ本命と第2志望の両方に落ちた。)


そして噂によると、その塾は未だにその全員受かるという合格神話を続けているらしい。




中学校受験に関しては前の記事で書いたので省略しよう。


ただ試験の話をしよう。


算数・国語・社会が午前でお昼をまたいで理科があったのだが、その日雨が降っているというのに、制服で行ったほうがいいと親に言われて小学校の制服の短パンで試験を受けた。


まあ、あまり遠まわしに表現するのも面倒なので端的に言うと…


理科の試験で寝た。試験時間の半分。


わざとではない。


それでもその学校に受かった。そしてその後、6年そこに通った。(要するに中高一貫)


寝ても通るという事はやはり態度は評価されてなかったのだろう。


そして制服で行く必要は無かったのだろう。




4行前を見たら『あれ、なぜ高校受験を受けたの?』と思うだろう。


簡単に言うと成績が悪かったからだ。


そして周りにもそうやって肩を叩かれた人がいて、その大半が中学卒業後他の高校に行った。


しかし自分は欲張りにも『中間、期末で取り返す。』と言ってそれを乗り越えようとした。


しかし親が『もし中間、期末でダメだったら…高校浪人させたくない。』といって受かるところ確保させようとしたのだった。


だから大変面倒な日程になった。


受ける学校が何百km離れていたので、受験前日現地入り。


受験当日は受験終わったら飛行機ですぐ帰って、次の日に中間試験という日程だった。


しかも受験の後にファミレスに長居しすぎて予定の飛行機に乗り遅れ、なんとかその次の最終便で帰らせてもらう事に。(因みにお金を払ってその席をグレードアップさせた)


その学校は受かった。


結局高校に上がれたので残ったが。




今となればどっちに行ったほうが良かったのか分からない。


(このやや太り男が付き合うことなどで来たか分からないが)女子もいたし、大学の付属高校だったからエスカレーターがあったし…




というよりも、受験をして良かったのか分からない。

開始

いろいろ振り返ってみたけど、中学・高校で教師にほめられた事は2回しかなかった。




まあ、学業にも全く励んでなかったし、体育会系の部活にも全く入った事が無かったから、当たり前と言っちゃ当り前だろう。




一つ目が数学の授業でたまたま数字パズルをやって、ダントツトップで解いたとき。


いつも下から10人以内に入って(まあ、数学はもうちょっと上だった)が、その時だけはどんどん先に教師に持って行ってみんなに驚かれたのを覚えている。




二つ目が体育の柔軟体操で海老反りかなんかで凄く曲がったときであった。


教師が『みんな見てみろ。』って言って、一人で海老反りをやっているのはなんか変な気がした。




その学校から浪人激励会の手紙が来た。


行けるはずがない。普通に予備校の授業があるし、しかも会場が何でS台っていう予備校の食堂なんだ…




それよりも『入試を振り返って』という紙が同封されてきたことが嫌だ。


ウチの学校はすぐ反省させるための文を書かせる。まあ、どこの学校もそんな感じなんだろうが。


要領の良い人間は有る事無い事適当に書けるものだ。


しかし、自分はそのようなタイプの人間ではなかった。


用紙の前で悩んでみる。踏ん切りをつけて色々ぶっつけで書いてみるが、支離滅裂にな気がして全部消してみる。


そして提出の締切に余裕があったら先延ばしする。


締切いっぱいになって、結局最初と大して変わらない支離滅裂な文章を書く。




実は、そのやり方は小学校の時の国語の授業から変わらない。


とにかくテキストの前でずっと書かなかった。いや、書けなかった。


居残りまでさせられた。一緒に残った友達は色々間違えを訂正された後帰った。


でも、自分はその解答用紙すら埋まらなかった。


10時まで残ってた自習生も帰った。(考えてみたら今より居残りしていた)


11時を過ぎても帰れなかった。




小6になるまでそんな感じでやりすごしてきた。


当時大手の塾に通っていたが算数は成績優秀者にそれなりに載っていたし、社会もたまに載ってた(理科は多少悪かったが)。


その時はよく『国語さえなければ君はトップクラスなのに。』と言われたものだ(因みに今その国語の役割を理科と英語が担っている)。


なんとか入試前にある先生に出会ったお陰で入試で勝負できるようにはなったが…




話を元に戻そう。


とにかく私のような文に対して苦手意識のあるような人間に反省を何十行に渡って書けというのはあまりに難しい話だ。(こういうグチのようなものならいくらでも書けるのだが。)


『勉強量が足りなかった。』


これだけではだめなのだろうか。


浪人した時にもう後悔と反省はしているのだ。


逐一それを人に文章で、その時の気持ちは分からないものだ。


後にそれを本人が読んでも100%は理解できないものなのだから、他人なら尚更であろう。




また支離滅裂になっているような気がする。


また今度にしよう。

はじめに

このブログで最初に私は自分のことを紹介する記事を書こうと思っている。




長いと思うがあしからず

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