久しぶりに読み応えのある本に出会えたと思っている。僕は山小屋での宿泊経験がないので、そこで働く人々がどのように暮らしているのか、どのような気持ちで登山客を迎えているのか想像もできなかった。この本は、小屋番の方々が、日本の美しい山を守り、登山文化を継承するために、そして訪れる客が最高のひとときを過ごせるように大変な努力をされていることを教えてくれる。また、ひとたび遭難事故が発生すると昼夜を問わず山岳救助に向かう小屋番の方もたくさんいると言う。

 

本書は全国各地の山小屋で働く人々が、それぞれの小屋の歴史や登山客に対する思いを綴る全五十三編の物語。小屋番の方々の暮らしは、街で暮らしている者には想像もできないほど厳しいものだ。日に何回も沢に水を汲みに歩いたり、何時間もかけて食糧を麓から歩荷する。まだ日の昇らぬ早朝に出発する登山客に朝食を作り、晴れた日は布団を干し、登山道を整備し、午後には到着する登山客を迎え夕食を作る。麓から木材を運び、山小屋を作ったり補修もするという。それを含めて圧倒的な美しさを誇る山並み、星空、夜明けや夕焼け、高山植物などが彼らを惹きつけるのだろう。

 

本書は登山の歴史や、山岳トイレをはじめとする環境問題、最近の登山客の傾向についてもたくさんのことを教えてくれる。

 

一つ一つの物語は、作者のほとんどが文筆業に無縁でありながらも、読者をぐっと引き込む力を持って描かれている。それは厳しい自然の中で生活することで、人間力が増すからではないかと思っている。山が人を磨いているように思えるのだ。

 

孔子は「仁者は山を楽しむ。仁者は静かなり。」と言った。この本を読むと市井での生活が打算と妥協で満ちていることにあらためて気づくことになる。