父は無事に


お空へ旅立ちました。

 

戒名に

 

「雲」の一文字があり。

 

それは

 

「雲のように自由な発想をする人だった」

 

と、和尚さんのお言葉。

 

そうか、

 

そうだったんだね。

 

これからは

 

この空に向かって

 

話せばいいんだ。

 

いつまでも


見守っていると

 

信じて。。。。。

 

 

 
 

 
こんばんは。
ご訪問ありがとうございます。
風のHyperアドバイザーhiromi☆です。
 
無事に
父を送り出すことができました。
 
昨年のお正月に
実家で過ごしたのが最後で、
その後はこのコロナ渦で、
病院へも行けず。

今年のお正月に
面会した母のスマホでのline電話での
会話が最後でした。
 
9か月の入院生活
 
本人も辛かったと思います。
 
でも、最後は
母と長男弟夫婦に見守られて
安らかに息を引き取ったとのこと。
 
それは
月曜日のお通夜前に
実家で眠っている父の
その穏やかな顔を見て
それがわかりました。
 
ずっと帰ってきたかった家に
戻ってこれたんだね。
 
心なしか、
微笑んでいるようにも
見えました。
 
月曜日にお通夜
そして翌日は葬儀、告別式
 
コロナ渦なので、
家族と父方の兄弟のみと
しましたが、
 
近所の方や近しい方々が
弔問にみえていただきました。
 
賑やかなのが好きな父だったので、
嬉しかったはず。
 
 

 
棺には
前日に書いた手紙を入れました。
 
コロナ渦なので、
実家には宿泊せずに
駅前のホテルに宿泊し、
通いでいきました。

そして高層階のホテルの朝陽を見ながら
最後の手紙を書きました。
 
なんて書いたのか
今は思い出せません。
とにかく感謝の気持ちを
伝えたかった。
 
きっと読んでくれると信じて。
 
あとは母が父がお気に入りだった、
高島屋でオーダーの
スーツとネクタイを入れて。
 
スーツとシャツが好きだった父でした。
リタイヤメントしても、
キレイ目のスタイルが好きで。

だから私がよくプレゼントしたシャツも
よく着てくれていました。
 
 
 

 
通夜、そして翌日の葬儀告別式
 
どちらも雲一つない青空で。
とにかく気持ちがいい冬晴れ
 
こんなに清々しい日に見送れてよかったな。



 
長男弟が喪主を務め、

そしてもう一人の次男弟は
昨年夏にアジアに赴任しており、
今回はコロナ渦で
帰国できませんでした。
 
当日、在宅ワークにしている次男弟に
父の遺影や、
斎場の写真を送りました。
 
電話がかかってきて、
父親大好きっこだった次男弟は電話口で
泣き崩れており。。。
 
やはり見届けられなかったので
余計にいろいろな感情が
押し寄せてきているようでした。

大丈夫、大丈夫と
慰める姉ワタシ
 
かくいう自分も最初は
東京からは遠慮してほしい
と言われましたが、

ホテルに泊まり、
飲食をともにしないことを条件に
参列。
 
強硬で駆け付けたのですが、
行けてよかったです。
 
きちんと
弔うこと

それができて
何よりもよかったと。
 
ココロからそう思いました。
 
父は
生き様を見せてくれたような、
気がします。
 
誰もいつかは
空へ旅立ちます。
 
だから、

やりたいことをすればいいんだよ。
人生は思ったより、短いぞ
 
そう教えられたようで。
 
 
 

 長男弟手作りの干し芋と日本茶
 
 
 
 母から聞いた話

いつまでたっても落ち着かないワタシに
どうしたものかと
父に相談したところ、

「hiromiはちゃんと一人でやっていける、
ほっといてやればいい!」
 
と言ったそうです。

見抜かれている(笑)

ほっといてやればいい!!

は、
乱暴な言い方ですが、

ワタシは父からの
信頼感を感じました。

じゃじゃ馬娘で
ごめんなさい(_ _;)

でも
じゃじゃ馬は
じゃじゃ馬らしく、
もっとたくさんの世界を
美しい世界を見て、
面白く楽しい人生を送るからね。


 
 
 
 
 Forever  My  Hero✨✨✨
 
 
 







明日から通常ブログにします。


今回の件で
メッセージなどいただきました。

ありがとうございました照れ