こんばんは

寒い日が続いていますね。

でも、あの日は雪がちらつき、

本当に底冷えする寒さでした。




今日は1月17日

あの阪神淡路大震災から

27年経ちました。





写真は今年のものではありません。

コロナ禍で式典や追悼集会も縮小されていますが、

今年も仕事帰りに、ささやかな募金をしてきました。




あの日は3連休明けの日で

私は新しい派遣先に行くのを

楽しみにしていました。






当時、結婚3年目で子供はなく

新築マンションを買ったので、少しでも

お金を貯めておきたくて、私は

派遣社員でフルタイムで働いていました。






新しいマンションはまだ基礎工事が

終わったばかりで、私たち夫婦は神戸市の

郊外にある賃貸アパートに住んでいました






朝方、まだ暗い時間に

突然爆発音のようなものが聞こえた気がして

次の瞬間、地面が突き上げるような

ものすごい縦揺れが襲って来ました。







後で考えると馬鹿馬鹿しいのですが、

怪獣が襲って来たのかと、

本気で思ったんです







その時、婚礼箪笥の横にお布団を敷いて

寝ていたのですが、重い箪笥が音を立てて 

揺れるので、慌てて座り込んだまま

押さえると、夫が

離して!

 下を抑えると倒れるから」

 と立ち上がって抑えていました。





ものすごく長く感じた揺れがおさまり

キッチンに行くと、3枚扉の食器棚の扉が

全部開いて、そこらじゅうに食器が割れて

散らばっていました。






すぐに停電したので、暗いし

テレビもつかないし、でもその頃

お洒落だと思って買った、電気を使わない

石油ストーブがあったので、それで

なんとか暖は取ることが出来ました






慌てて、近所の実家に電話し、

両親と妹の無事を確認しました。

が、そのあと電話が全く繋がらなくなり

弟たちのことが心配でした。






そして翌日の深夜

隣の隣の市に住む上の弟が、

何時間もかけて、

歩いて実家に帰ってきたんです。 






「えっ、どうしたん?」

と両親

弟の住んでいた地域は沢山の家が倒れ、

亡くなった人も大勢いたのですが、

それほどでもなかった実家と

かなりギャップがありました。






「電話をかけても、すぐ切れて

 親父は大丈夫なんか?って聞いても

 いつも返事がないから、もしかして 

 親父は死んでるかと思って……」






その少し前に父が入院した時、

心配かけたくないからと、

弟に言わなかったので、

疑い深くなっていたようです。

実家に近づくにつれ、平穏な街の様子に

びっくりして拍子抜けしたとか。






弟が住んでいた会社の寮は全壊で、

逃げる際、眼鏡を探すのに苦労したと。






なんで枕元に

 置いてなかったんや?」と父



置いてたよ!

 でも何もかも吹っ飛んで

 寮は全壊して、

  埋まってる人を皆んなで

  掘り起こして助けたりする状態やった」

と弟




私達の家は山の方だったので、

大した被害はなく、電気もガスも比較的

早く復旧し、不便なのは水が出ないこと

くらいでした。




-続きます