ほとんど1年
ブログを放置してたけど
東日本大震災から
1年が過ぎようとしてて

また新しい春
が
スグそこまで来てて
あれからほぼ365日が
それだけの時が流れた
振り返ると
震災後暫くの間は
節電とか
節水とか
飲み歩き禁止とか
被災地に思いを馳せ
過ごしてはいたが
いつの間にか
元の当たり前の
平凡な日常に戻ってる
自分がいて
でも、
福島の友人や
東京電力の人間など
まだまだ生々しい日常を
教えてくれる人々と
会話をする度に
終わりの見えない暮らしを
続けている人たちの事を
思い知る度に考えて…
そんな繰り返しの
1年だった
今の町に住み始めて
3年の月日が過ぎ去り
4度目の春を間近にして
良いことも悪いことも
たった3年の間に経験して
大袈裟だけど
生きてる意味
人と関わってる意味
ここにいる意味
色んな意味を考えてた
1年だった
ような気がしてる
1日
1分
1秒
無駄にはしたくないな
弱い人間だから
無駄な時間の過ごし方が
随分多いんだけど…
震災から2度目の1年が
もうすぐ始まる
もっとたくさんの意味を
考えていられる
そんな1年にしたいと思う
今朝もまた、けたたましい音と共に緊急地震速報が
震源とされたのは山形県沖だったが…
実際には宮城県沖
大震災以来これまで何回か緊急地震速報が来たが、どれも震源地が殆ど違ってる
しかも、大震災当日は速報すら送られて来なかった
これでは、喧しいだけで何の役にも立たない
そのうち、緊急地震速報自体が狼少年化してしまいそうで恐い
災害をある程度未然に防ぐ意味ではありがたい機能ではあるが、全く的外れな速報は防災の意味をなさないと思う
もっと精度をあげて欲しいし、今後本当に来ると予想されてる東海地震など、大規模な地震の時に機能して欲しいと願う
震災後初めての出勤日
定時に出社するも、必要最低限の事務処理後に営業自粛と言うことで自宅待機になる
何でもない時なら「自宅待機って、リストラ候補かよっ
」って軽口たたくけど、今はそんな気分じゃない(何も無ければ自宅待機なんて無いのだが…)
企業の電気需要って大きいから、賢明な判断なのだと思う
自宅で電気の無駄遣いしないように気を付けよう
人は一人じゃ生きられない
孤独には弱い生き物
もちろん、一人で逞しく生きてますって人もいるでしょうが…
今回、未曾有の震災でなかなか連絡の取れない人たちがたくさんいた
状況的に通信機器が役に立たなくなった時間が長かったのだけど
それでも、繋がらないとイライラと不安でいっぱいになる
家族、友人、恋人
いつもは当たり前にそばにいて、話したいときに話せて
それがひと度連絡もつかないとなると軽いパニック状態になる
今は携帯が普及して、四六時中連絡できてしまう世の中
その代償が繋がらなかった時の不安の増幅なのかもしれない
でも、時代が変わっても人は誰かと繋がってるってことで安心するし、元気になれるし、勇気をもらえたりする
今、今回の震災で安否不明な方が1万人以上いる
1万以上の繋がりが途絶えている
自分は最大でも10数時間で連絡取りたい人全てと連絡取れたけど、その繋がらない時間は良くないことばかり考えてしまってた
やはり人は誰かと繋がってることで安心でき るんだ
1万以上の繋がらないが、1つでも多く繋がりますように
自然災害とは言え酷いことが起きてしまいました。
秋田にいる自分は金曜日の午後、普通に外廻りのため営業車に乗っていた
信号待ちで止まってると、まるでロデオでもしてるように車が暴れだした
最初は強風?と思うも、道を歩いてた人たちが近くの物にしがみつき始めてた
電信柱も電線も激しく波打ってる
地震

だと認識するのに何故か少し時間を要した焦る気持ちを抑えつつ取り敢えず会社に戻る、が…
停電のため駐車場(タワー式)に入れない
既に渋滞し始めてて路駐もままならない
仕方なく自宅の駐車場で待機
程なく会社から安否確認の連絡があり、安全確保して自宅待機せよと
では自宅でと思うも、停電のため自宅マンションのエレベーターも動かず非常階段で部屋に
電気止まってるから暖房器具使えず寒い
仕方無く、しばらく営業車内で暖を取りながらワンセグで状況確認
時間の経過と共に、まともに見ていられない映像が次々に流れてくる
それは、とても現実とは到底受け入れられない津波の脅威だった
太平洋側の被害の酷かった地域には知り合いや社員が生活している
大丈夫なのか?
でも、電話もメールも繋がらない
大きな余震も何度もある
無事でいてほしい
今、停電だけで大きな被害の無い自分は全然マシだ
為す術も無く、家族に安全だと何とか連絡し、真っ暗な自宅でワンセグの充電が切れるまで情報収集してた
幸いなことに、翌日の土曜日の午前中には停電も解除され普通の状態に戻った
土曜日は部屋のテレビを見ながら状況を再度確認しながら、改めて家族や被災地の知り合いに何とか連絡つけようと終日格闘してた
そして、夜の10時ごろまでかかったけど、何とか連絡してた人たちとは連絡がついた
阪神淡路大震災の時も高校時代の友人たちとなかなか連絡つかず心配した
やはり震災は恐ろしい
日曜日の今日になっても余震が続いてる
1人でも多くの命が助かることを祈らずにはいられないし、1日も早く復興に向けて動き出してほしいと切に願います
そして、大した力にはならないけど自分にできることで協力できたらと思います
無念にもお亡くなりになられた方たちのご冥福をお祈りいたします




