桶狭間の戦い、お市と浅井長政の裏切り、長島一向一揆、武田勝頼と長篠の戦い、そして明智光秀の本能寺、題材を同じくした短編が5編、木下さんは信長目線、天野さんは信長の敵目線で話を紡いでいて、歴史好き、信長好きの自分としては、たまらない企画もの。
木下さんは、信長を恐怖というものを感じない異常者として描いていますが、なるほど脳の偏桃体異常で恐怖を感じない障害って実際にあるようです。あの時代に、宗教的権威を全く畏れなかった信長は世界的にも希有な存在、木下さん説は当たりかもしれませんね。
桶狭間で自慢の馬廻衆が思い通り動かず、勝ち戦の中で自らの弱さを知り、実の妹にも裏切られる信長。しかし信長はそれらを糧にパワーアップ、長島の一向宗一揆で仏教の真理そのものに戦いを挑み、最後の強敵と期待した武田勝頼もあっけなく屠ってしまいます。自らが神になろうとしたのは、豊国神社を作った秀吉、東照大権現となった家康も一緒ですが、それは権威を保つための為政の手段。でも木下さんの描く信長は、神になろうとすると何が起きるのか、その正体を知りたくて神に戦いを挑みます。
一方で、天野さんのは、信長と敵とした人の目から見た信長。ただ一人「鬼の血脈」のお市の方が、信長の妹だけあってなかなかに激しい。こちらも長島の一向一揆が転機になっていて、首謀者の門主・下間頼旦に「弥陀など昔の坊主が作り上げたまやかし」「地獄も極楽も、門徒どもを戦に送る方便」と言い切る信長は魔王の風格です。
巷間様々な陰謀説が流布していますが「本能寺の変」は彼の刹那的な決断ってのは、きっとそうだったんだろうなと思います。信長に一番似ていた、そして理解者でもあったのが明智光秀で、年老いて隠居をさせられそうになった彼が、それならばと立ち上がった、案外天野さんの「天道の旗」が真実に近いのかもしれません。